五人と一人の夏祭り





「夏だ!」
「祭りだ!」

入道雲が立ち上る以外、染み一つ無い青空に、大きく手を広げて級友二人は我先にと声を張り上げた。
作兵衛は二人の腰に結びつけた迷子紐をぎゅっと拳に巻き付けなおす。この暑さにも関わらず、すこぶるご機嫌麗しい奴らだ。彼らと違い人並に暑さに弱い作兵衛は、早々に日の下から退散して三年長屋からせり出した縁側に腰をかけ、足だけを水を張った盥入れて涼をとろうと努力していた。
横で溺愛するペットの蛇を盥に入れ風を送ってやっているもう一人の級友に緩慢な動作で顔を向けた。

「孫兵はどうする?」
「どうするって?」
「近くの村で祭りやるんだよ。どうせ帰巣本能ゼロのあいつら二人だけ野放しには出来ねぇし、俺も行こうと思うんだけど、孫兵はどうする?」
「そういうことか…残念だけど、僕は遠慮するよ。最近ジュンコの調子が悪くてね」
「あぁ、暑いもんなぁ…人間でも耐えらんねーのに、普段ひゃっこいお前なんて尚更だよ、なぁ」

作兵衛は自分で自分を扇ぎながら、盥の中に張られた冷たい水に全身を漬け、顔だけ縁にのせて微動だにしないジュンコを覗き込んだ。なぁ、と声をかけた瞬間、二股に分かれた舌が微かに顔を覗かせたが、それも直ぐに引っ込められてしまう。
そんなジュンコの様子を痛ましげに見やっていた孫兵が、ふと顔を上げた。

「藤内、数馬」

廊下を曲がってこちらにやってきた友人達に、作兵衛も手を上げてみせた。
孫兵と同じく組は違えど仲の良い藤内と数馬は、まだその手に教科書を抱えていた。また藤内の予習に付き合っていたのだろうか。数馬は心なし力なく笑った。

「孫兵、竹谷先輩がジュンコをつれて来いって」
「ジュンコを?」
「うん、食堂のおばちゃんが氷の塊をくれたから、生物用のなんちゃって氷室を作ってみたんだって。ジュンコも夏バテ気味だろうし、よかったらどうぞって」
「それは有り難い!さっそく行って来る!」

歓声を上げてジュンコを盥ごと抱き上げた孫兵は、一目散に走り出す。あまりの勢いに一瞬呆けた藤内が慌てて竹谷先輩の所在を叫んだが、果たして聞こえているのやら。
作兵衛は肩をすくめた。

「この分なら孫兵は来れるな」
「来れるって?」

藤内に首を傾げられて、作兵衛はややうんざりしながら本日何度目かの今夜のお楽しみの話をした。
実習でもなんでもない夜間の外出ということで、真面目な藤内の眉が儀礼的に一瞬潜められたが、それでもたまの息抜きにはおおいに心惹かれたようで、作兵衛の大義名分を聞くなり二つ返事で手伝いを申し出た。
むしろ、今日はそういう楽しい行事に目が無い数馬の方が首を縦に振らなかった。

「なんか疲れちゃったから、今日はいいや」
「なんだよ、つれないなー」

唇を尖らせた藤内に頭を小突かれても、数馬は弱弱しい笑みを見せるばかりだ。
首を伸ばして太陽が傾き始めていることを確認した作兵衛は、ひょいと立ち上がって迷子紐を引っ張り、方向音痴達に帰還命令を出しながら言った。

「まぁ、調子よくなったら来ればいいよ」



**



村はいつになく賑わっていた。鈴なりに下げられた提灯の灯りに照らされた道々を行き交う人々は皆一様に笑みを浮かべている。どこからか聞こえてくる鼓の音にのって屋台の上手そうな食い物のにおいもする。
おばちゃんが腕を振るった絶品の夕飯はもちろん胃袋におさめてきたが、成長期の少年達の胃袋は底なし沼だ。綱につながれた犬のようにあちらこちらと力の限り振り回す左門と三之助のお陰で、へとへとに疲れきった作兵衛は迷子紐を孫兵に渡すなりその場にへたり込んだ。
藤内に笑いながら引っ張り上げられてなんとか長椅子に腰掛けるが、膝が笑っている。奴らのお守りはどんな実習よりも過酷だ。藤内と孫兵が一緒に来てくれて本当に助かった。
そう素直な気持ちを告げると、藤内は少しだけ頬を赤らめてそっぽを向いた。
しかし、直ぐにその表情が曇る。

「数馬、結局来れなかったな」
「…あぁ」
「来たかっただろうな」

あいつは賑やかなことが好きだから、としんみり続けた藤内に、作兵衛も頷く他ない。
おーい、と大きく手を振りながら近づいてくる左門と三之助に手を振り返しながら、数馬がいたらあいつらに負けないくらいはしゃいだだろうに、と思って居た堪れなかった。
めでたく孫兵も参加が決まり、意気揚々とお出かけの準備を進める三年長屋に顔を見せた保健委員長から、数馬は熱があるから今日は彼を保健室で預かると聞いたのは、学園を出る四半刻前だった。

「夏風邪なんてバカしかひかねぇはずのもんもらってきやがって…ってお前、それどうするつもりだ」

遠い目をして友人を想っていた作兵衛は、浴衣の裾を翻し駆け寄ってきた左門の手にこれでもかと抱えられた独楽やら花札やらを見つけて思い切り渋面を作った。

「輪投げでとった!」
「返してこい」
「なんでだ!」
「そんなガラクタばっかり抱えて裏家業が務まるかってんだ。返して来い」

きっぱり元来た道を指し示すと、左門は一瞬しゅんと項垂れた。横の三之助も同様だ。迷子紐を握る孫兵だけがいち早く踵を返そうとしていた、その時、左門が決然と首をもたげた。

「やっぱり返さない!」
「なんで!」
「数馬にこれをあげて話をするんだ!いっぱいするんだ!そしたらきっと、数馬も一緒にいたみたいな気持ちになれる!そしたらこいつらは僕だけのものじゃない、だから返さない!」

作兵衛は、思わず藤内に視線をやってしまった。藤内も呆気にとられている。
ややあって、三之助の手が左門の頭にぽんとおかれた。

「左門は優しいな」

左門は不思議そうな表情で三之助を見上げ、何がだ?と首を傾げた。
二人の後ろで孫兵が小さく噴出す。そして、半分振り返りかかっていた体を仲間達の方へと戻した。





学園に帰るなり真っ直ぐ保健室に向かった。
うるさいですよと怒られてしまったけど、今までで一番楽しい夏祭りだった。




(2011/7/25)
(2011/7/25〜拍手御礼)









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