さくべえの星




夜はただひたすらに更けていく。
数馬はへたり込むように縁側に腰を下ろした。
その横で、彼に先んじてその場で縮こまっていた少年が、大げさなまでに震えた。
数馬はそれには気がつかなかった振りをして、あえてのんびり声を上げた。

「さーくべ、ちょっと休まないと体持たないよ」

とん、と肩を小突くが、作兵衛は風にあおられたようにふらりと揺れるばかりで、手足をちぢ込めた達磨のような体勢のまま一向に動く気配がない。
数馬は眉を潜めて、上げた拳を自らの膝に戻した。
人一倍責任感が強いだけに、自分を責めてしまうのではないか、という保健委員長の懸念はずばり的中してしまった。
気にかけてあげてね、と言い残して、伊作と上級生が連れ立って学園を出て行ったのはまだうっすらと山の端が赤く燃える、夕暮れの気配が残る刻限だった。
数馬は首をもたげて空を見上げた。猫が瞳を閉じたような形の月が闇を弱弱しく照らしている。先輩達はまだ帰ってこない。
三之助と左門の行方は、まだ知れない。
正直、二人と一緒に町に買出しに行ったはずの作兵衛が血相を変えて保健室に飛び込んできた時はまだ、ここまで大事になるとは思っていなかった。
話を聞けば、町からの帰り道、山の中で一瞬気を抜いてしまった瞬間に二人が消えてしまったという。作兵衛の手には、二本の迷子紐が先端がもぬけの殻になった状態で握り締められていた。
普段なら三年生だけで迷子捜索隊を編成する。今回もそのつもりで準備をしていたのだが、五年生の竹谷八左ヱ門先輩が珍しく青ざめた顔で三年長屋にやってきた。
近頃学園の周囲に熊が出る、下級生は学園に待機しておけ。
その言葉に蒼白になったのは、作兵衛ばかりではない。呆然としているうちに、学園の若い先生方と六年生、五年生を中心に捜索隊が組まれ、学園を出て行った。
忍者の卵の学校だけあって、忍術学園は眠らない。いつもどこかで誰かの気配がしている。だが、今夜は一年生の長屋まで煌々と明かりが燈っていた。
入学してからこんなに明るいのに、こんなに冷たい夜があっただろうか。
自問自答をしていた数馬は、横で作兵衛が動く気配を感じて、ぱっと顔をそちらに向けた。
作兵衛は膝に埋めていた顔を上げていた。顔から出せるありとあらゆるものを出し尽くして腫れあがった顔が痛々しかった。

「やっぱり…俺も探しに行く」
「駄目だって!先生にも止められただろ?」
「でも、俺が行かなくちゃ…!休憩しようって言ったの、俺なんだよ…水を飲みたくなって…三之助の紐から手を離して…慌てて握りなおしたんだけど、あいつもういなくて…それで慌てて周り探してる内に、左門もいなくなって…っ俺の、俺のせいなんだ。俺が探してやらなきゃ…!」

立ち上がりかける作兵衛の肩を満身の力で抑え込んで、数馬は彼を揺さぶった。
「もしも作兵衛がいって、お前が迷ったらどうするの?!熊に襲われたらどうするの?!先生達も先輩達も、一生懸命探してくれてる!信じて待つことが今の僕たちが二人の為に出来ることだ!」
「…っ」

作兵衛の体から力が抜けた。倒れこんできた体を慌てて支えると、作兵衛の肩が震えだす。数馬は、その背中にそっと手を回して、力を込めた。
ちょうどその時、すたんと軽い音がして、縁側にもう一つ気配が現れた。
どくんと心臓が鳴る。そちらにゆっくり顔を向けると、珍しく額に汗の球を浮かべた孫兵の姿があった。

「見つかった…見つかったよ、二人とも!」

孫兵が言い終わらぬ内に、動き始めたのは作兵衛だった。数馬の腕を振りほどいて脱兎の如く走り出す。一拍遅れて、数馬と孫兵も後に続いた。


**


無我夢中で走り続けて、正門の前の人だかりに足を止めた。両膝に手をついて、肩で息をする。肺が痛かった。だけどそんなことに構っている余裕はなかった。
作兵衛の姿を見つけたらしい委員会の先輩の声が聞こえる。人垣が割れるのを視界の端に捉えて、作兵衛は顔を上げた。

「作兵衛!」

途端に首根っこに抱きつかれて、作兵衛は飛びついてきた少年毎しりもちをついた。

「さ…もん…?」
「おお!どうした!作兵衛!酷い顔だな!」

土に塗れてはいるが、さらさらした馬の尻尾のような髪の毛と、太陽のような笑顔が降り注ぐ。作兵衛の瞳からまた一筋の涙が零れ落ちた。
左門は笑顔を引っ込めて首を傾げる。

「どうした?作兵衛。どこか痛いのか」
「いや…痛くは…ってそうじゃないだろ!お前、怪我は?!つーか三之助は?!」
「僕は怪我はないぞ!三之助はちょっと怪我した!」

ほら、と左門が指し示した方を見やると、片足をひきずった三之助が藤内の肩を借りてこちらに近づいてくるところだった。

「三之助…!大丈夫なのか?!まさか熊…っ」
「大丈夫だぞ!崖を降りてるときに足を捻ったんだ!」
「左門の言うとおり、ちょっとしくじった。そんで動けなくなってたら先輩達が助けに来てくれた」

三之助は作兵衛と左門の傍らまでやってくると、左門の言葉に何時もの飄々とした調子で頷いて、首を背後に向けた。三之助の視線の先には、腰に手を当てた仙蔵と額に手を当てた長次、そしてその足元には一抱えもあるような熊を今正に地響きと共に地面に投げ出した小平太が豪快に笑っている。
さすが体育委員会、と作兵衛は頬を引きつらせた。転んでもタダでは起きないという奴か。
三之助も三之助で、なんの抑揚もなく、明日からしばらく熊鍋だな、なんて呟くものだから、藤内は堪えきれずに噴出してしまった。
ようやく正門前に到着した数馬と孫兵は、その異様な光景に目を丸くした。

「何、どうしたの?なんで作兵衛が泣いてて左門は笑ってて藤内も笑ってるの?三之助、足大丈夫?」
「伊作先輩に応急処置してもらったから。崖おりたらこうなった」
「左門たちが無茶苦茶なのはいつものことだけど、道理で見つからなかったわけだね。どうして崖なんて降りたの?」
「あぁ!あれ目指して歩いてたら、崖があったから降りたんだ!」

さらりと辛らつなことをのたまう孫兵の質問に、頷いた左門は、あれ、と言いながら高々と腕を掲げた。その指が指す先を視線で追って、三之助以外の四人は首を捻る。

「あれって…北極星?」
「そうだ!あれの下に忍術学園があるって、前に作兵衛が言ってたからな!その通り真っ直ぐ歩いた!」

大きく頷く左門の無茶苦茶を通り越した理屈に一同は口を空けて唖然とした。
孫兵が、ありとあらゆる忍者の卵的選択肢をここまで華麗に無視されると、いっそすがすがしいね、と呟く。

「作兵衛の星のお陰だ!ありがとう!」

満面の笑みでもう一度抱きついてきた左門を受け止めて、作兵衛は微笑んだ。
今彼の背後からじわりじわりと近づいてきている、熊よりよっぽど恐ろしい怒り狂う会計委員長に身柄を引き渡すまでは、この湧き出る喜びに浸っていようとそう思った。

どうか、あの動かない星のように、いつも君たちを導けますように。




(2011/6/20)
(2011/6/20〜7/25 拍手御礼)









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