「あ!茶柱」 孫兵の手元を覗き込んだ左門が、大きな声を上げた。 横に座り饅頭の最後の一口を口に運ぼうとしていた数馬は驚いて投げ出してしまう。ああ…と手を伸ばして行方を追いかけると、眉を潜める藤内にたどり着いた。 急須と人数分の湯飲みが乗せられた盆から饅頭の欠片を返しながら、藤内はため息を吐いた。 「食べ物で遊ぶなよ」 「うう…ごめん…」 「いや、今のは左門が悪いだろう」 「僕か!すまない!」 「わかればよろしい、ほら、左門の分」 きっちり頭を下げた左門の前に湯飲みを置いた。 湯飲みを覗いた左門は残念そうに眉を下げる。 「茶柱ない!」 「それは運だから仕方ないでしょう」 「確かに数馬は仕方ないかもしれない!だとしても、孫兵だけずるいではないか!」 「ちょっと待ったそれどういう意味だよ!?」 不運だ幸運だと不毛ないさかいを始める二人を尻目に、藤内は横に座る孫兵の湯飲みを覗いた。 湯気と共に柔らかく甘い香りを立ち上らせる玉露の小さな一葉が、緑の水面に頭を覗かせている。 思わず小さく、わぁ、と声を上げてしまう。 作法委員会で鍛えられているだろうという無茶苦茶な理屈で、部屋に人が集まる度こうしてお茶を淹れさせられる藤内だが、茶柱が立ったのはこれが初めてだ。 まじまじと見つめていると、湯飲みをずいと眼前につき出される。 「わぁっいきなりなんだよ孫兵!」 「記念に飲むかなぁ、と思って」 「い、いいよ!それは孫兵の為に淹れたんだから」 藤内にふいっと顔を背けられて、孫兵は再び湯飲みに視線を戻す。 その手が一向に動こうとしないので、いい加減に焦れて脇腹を突つく。 「早く飲まないと、冷めるぞ…幸運になれるらしいし」 「別に…茶柱いりの美味しいお茶を淹れられる友達がいて、このお茶を一緒に楽しめる友達もこんなにいるんだ、もうこれ以上幸運になる必要なんてないだろ」 「な…っ」 藤内が身体中の血液を顔に集めた瞬間、障子がスパンと開いた。 「あ〜…つっかれた…」 「ただいま、左門、孫兵、藤内、数馬」 「おかえり!」 「お帰り、作兵衛、三之助」 ずかずか部屋に入ってきた少年達は共に泥だらけだ。 「こいつ今日どこにいたと思う?裏々山だぞ!」 「いや、用具倉庫に作兵衛を呼びに行こうと思ってな」 「お前の中で用具委員会はどんだけスケールのでけぇ委員会なんだ!」 「あははは、二人ともお疲れさま。藤内がお茶いれてくれたから飲もう?」 数馬が体をずらして空けた輪の綻びに、作兵衛と作兵衛に首根っこを捕まれた三之助が半ば引きずられるようにしてどっかり腰を下ろした。 「もう喉からからだよ…悪い、孫兵一口頂戴」 「え?あぁ」 作兵衛が伸ばした手に孫兵が条件反射で湯飲みを差し出す。 事の次第を見守っていた三人の瞳が大きく見開かれ、そして狭い室内に三人分の叫びが重なった。 「な…何…!?」 「あ、作兵衛ひでぇ、俺にも一口分けてよ」 この上なくのんびりした三之助の台詞に、顔を見合わせた藤内と孫兵は、ついつい噴き出してしまった。 僕が淹れるから最高のお茶になるんじゃない、君たちに淹れるから最高のお茶になるんだ。 了 (2011/5/16) (2011/5/16〜拍手御礼) |