彼の山は、青が深い。 自然界には存在しないその色を求め、伊助は山に分け行る。 笊に山と盛られた手のひら大の葉は、折りとった傷口が青く変色している。 早く山を降りねば乾燥してしまい、艶やかな色には染まらない。 伊助は笊に手拭いをかけて野山をひた走った。 やがて唐突に視界が開けた。 空から降り注ぐ陽光が水中でチラチラ輝く沢は、心地の良い小さなせせらぎを耳に残す。 伊助は誘われるように笊を河原に置いて、水に手を差し込んだ。 冷たく清らかな水が指の隙間からこぼれ落ちていく。 まるで光の糸を束ねたような水のうねりに、伊助は幼子のように何度も水を掬い上げては水面に溢した。 伊助が水を溢すと、一瞬波紋が広がる。 そしてまた元のさやさやとした流れに戻る。 ふふ、と我知らず笑みを溢した伊助は、微かに聞こえた音にその表情を強張らせた。 仲間内の危急を報せる音暗号に、素早く立ち上がり方角を探る。 そして地面を蹴った。 後には、手拭いで覆われた笊と、人の世の無常を滑稽と言わんばかりに穏やかに流れる、川の流れの歌う声だけが残された。 了 (二郭) (2011/4/12) |