ゆっくり首を左右に振り鬢の解れを確かめる。知らず紅のせいで熟れた果実のように色づいた唇がゆるく開く。 身に纏った艶やかな牡丹の柄の着物は、三治郎からの借り物。今日の設定は大店の箱入り娘、故に浮世離れした華やかなもので全身を揃えたかったのだが、いかんせん手持ちに感性にひっかかるものがなく、無理を言って貸してもらった。 帯びは伊助の見立てで若草色にした。 ほんとは黒で締めた方が兵ちゃんには似合うけど、お嬢さんならこれくらい隙があるほうがいいでしょ、と首を竦めた伊助は、自身も女装実習らしく藤色の女物の着物を纏っていた。 着物に咲き誇る金の糸に縁取られた赤い花に合わせて、整えた爪の先には赤い染粉で色を付けた。 その指先で袖を摘んでしなを作れば、鏡の中から初めて触れる外の世界に恐怖心半分、好奇心半分といった様子の可憐な少女がこちらを見つめ返していた。 「どう?」 すっくと腰に手を当てて立ち上がり、背後を振り返った。 日も登って久しいというのに未だ寝間着を着込み、だらしなく胡座をかいた膝の上に帳簿を広げていた男が顔を上げる。 「どうって?」 きょとんと首をかしげる男にがくりと肩を落とす。 常々、加藤団蔵ってのは鈍感が服着て歩いてるような奴だと、からかいはしていたが、まさかここまでひどいとは。 思わずため息を一つ漏らし、僕は団蔵にゆっくり近付いた。 こんな無粋者を放置したら忍術学園の太夫の名が廃るってもんだ。 裾に手を添えて割り開くと、華美な着物の下に絹の長襦袢が覗き、その下から男のそれとは思えぬ白磁の足が現れる。 爪先から脛、脹ら脛の艶かしい一連なりを血気盛んな獣共から守る為に今までどれだけの修羅場を潜ってきた事か。 自分の持ち得るものの中で一番の宝を恥を忍び危険を承知で惜しげなくさらけ出してやっているというのに、奴は尚も兵ちゃん?と首を傾げやがる。 焦れた僕はその甲で日に焼けた頬をぺちぺち叩いた。 「感想。何かあるでしょ?」 「えー、うーん」 「…こういうときに気の効いたことの一つも言えないからお前未だにねんねなんだよ」 「兵ちゃん!俺でも傷つくことはあるんです!」 「うるせぇなぁ…おら、練習だと思ってなんか言ってみろや」 居丈高に凄んで見せると、団蔵はだってぇと唇を尖らせる。 「俺には、兵ちゃんは兵ちゃん以外には見えねぇよ」 大きな手が動きを止めた足をそっと包み、床板に下ろした。 その存外優しい仕草に、今度は僕が唇を尖らせる番だった。 「つまんねぇの」 「はいはい、さっさと行っといで」 お帰りをお待ちしておりますよ、と団蔵は屈託無く笑う。 何故だか無性に腹が立ったので、下ろされたばかりの足を振り上げて、顔面に蹴りをくれてやった。 了 (笹山、加藤) (2011/2/24) |