ないものねだりで、さみしがり




一日の授業を終えて、ようやく平穏の地にたどり着いたというのに、どうしてコイツがここにいるのだろうか。
トモミは障子を開けたまま、木枠に体重を持たせて腕を組んだ。

「ここ、私の部屋なんだけど」
「おーおかえりぃトモミちゃん」

一年生の小童の時分と変わらぬ屈託のない笑顔を浮かべた男は、その世界が羨む艶やかな黒髪を無造作にかき上げて身を起こした。上着はどこにおいてきたのやら、前掛けと手甲のみの無防備な出で立ちは、まるでも糞もなく間男である。
懐の八方手裏剣の枚数を僅かに触れる指先で確認する。

「やだなぁ、丸腰のか弱い後輩相手にそんなピリピリしないでよ」
「相変わらず口が減らないわね。でも、そうね、かわいい後輩相手だからお姉さんがいいこと教えてあげる。喉元掻っ捌かれたくなかったら、さっさと出てった方が身のためよ」
「大丈夫だって。ユキちゃんが帰ってくる前には出て行くからさ」
「…黙りなさい」
「だああ冗談だっつの!トモミちゃんに用事があるんだって!」

トモミの温度や感情の一切失せた視線を受けて、男はようやく身を起こし姿勢を正した。トモミがこういった遊びを嫌うのを知りながら、よくもまぁ一々ご丁寧に神経をさか撫でてくれるものだ。銭に対する執着だけの頃はまだかわいかったのに、いつの間にここまで、全てが捻じ曲がってしまったのだろうか。
摂津のきり丸はトモミを上目遣いに伺いながら、これ、と文を差し出した。
受け取りもせずに一瞥する。差出は、は組の級長だ。

「で?」
「来週の一年坊主共の実習、くのいち教室にも審判手伝ってほしいんだって」
「あんた達の学年、数だけは一杯いるじゃない」
「女装で化粧品買いに行く実習なんですー。タッパの出てきちゃった連中は女装きついんですー」
「それ忍者としてどうなわけ…」
「まぁそれはそれとして。学園長の許可ももらった正式なお願いなんで、助力お願いしますわ」
「いやって言ったら?」
「えー」

きり丸は薄く笑みを浮かべ、此方に手を伸ばした。避けられると踏んだ地点を軽々と越えたそれにあっさりと腕をまれ、トモミは不覚にも背に冷たいものが這うのを感じた。年頃の男というのは、これだから恐ろしい。日々すくすく伸びやがって、まるで化け物じみている。
目と鼻の先で、整った顔が苦しげに歪んだ。

「俺がトモちゃんと一緒にいたいんだけどなぁ」

甘えるように言って唇を尖らせたきり丸は、突然腕を放すと部屋の奥に向かって後方に大きく跳んだ。後を追う様に手裏剣が三枚、畳に刺さる。

「じゃあお願いしたから!まったね!」

ふっと姿が消えると同時に、その姿があった場所にまた一枚手裏剣が鋭く突き刺さった。
無残な室内を睨みつけて、よく言うわよ、と吐き捨てた。
本当に喉から手が出るほど欲しいものの前では素直になれないくせに。だから欲しいものがトモミの同室者と一緒に忍務へでかけてしまったりするのだ。
そしてあの天邪鬼のお守りを、あわよくば押し付けようとしたのであろう、冷静でおえらい学級委員長さまへの報復に向かって踵を返した。







(摂津の、トモミ)
(2011/2/23)









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