(!)原作に登場しないキャラクターが登場します
(!)苦手な方は自主回避お願いします









その日は朝から糸を引くような雨が降り注いでいた。
灰色の雲の垂れ込める空を傘を押し上げて見上げ、金吾は足を早めた。
だが水分をたっぷり吸った山道は急く少年を嘲笑うかのようにぬかるみ、その足を絡めとる。
ズブズブ地面にめり込む足を、歯を食いしばり引き抜き、また一歩進むという何百度めかの作業を繰り返して、金吾はついにため息を吐いた。
濡れた左手に同じく濡れた柄が触れる。
鋼に回る錆びは速い。一刻も早く手入れをしてやりたいが、我が学舎・忍術学園に辿り着くまでには山を二つ越えなければならない。
静かに地面と金吾を打つ雨は、降りやむ気配は一向にない。
ここからの道程を考えると、このまま進んでも悪戯に体力を消耗するばかりだ。
どこか手頃な木でも探して野宿しよう…そう決めた時、ふと上げた視線の先が開けた。
ここから一里ほどだろうか、山間の一部が開けた細やかな盆地に、小さな家々が寄り集まるように立っていた。
だが金吾は躊躇した。
これがただのお使いの帰りであれば渡りに船だが、見た目には簡単な旅装の内側では、忍具が唸っている。
万が一にも勘づかれるわけにはいかない。
文字通り重たい足を引きずりながらこれから進まねばならない道に戻ろうとして振り返った瞬間、「彼女」にぶつかった。





紫陽花の花嫁





薄ぼんやりとした明かりを感じて、瞳を開いた。
首を巡らせると、傍らでしんべえが寝息を立てている。
彼の頭越しに見えた障子から漏れる光でようやく夜明けを知った。
桟で区切られた白い升目を瞳でなぞっていると、障子が音もなく開いた。

「おはよう喜三太」

朝の空気と微かな雨の気配をまとった、密やかな声に呼ばれ、喜三太は微笑んだ。

「おはよぉ金吾…」

漏れた声は、自分のものとは思えぬほど低く潰れしゃがれていた。

「酷いな…」
「うー」
「水でも飲むか」
「ううん、自分で行くよぉ。それより金吾、いつ帰ってきたの」
「今」

今?と鸚鵡返しにしながら身を起こす。
途端に襲い来る頭痛の正体は、昨夜の深酒もあろうが、嫌でも視界に入る室内の状況のような気がした。
二人でも近頃は手狭な部屋にそろそろ骨格も出来上がってきた男達がひしめき合っている。
比較的小柄な三治郎や伊助が折り重なっている分にはまだ耐えられるが、いい加減酔いが回った兵太夫に、お前ら存在が見苦しいから小さくなってろと部屋の隅に追いやられた団蔵やら虎若やらが積み上げられた一角はとてもじゃないが正視出来ない。
結紐が殆ど解けかかった髷に手を突っ込みかりこりかきながら、まずったなぁ、と内心で呟いた。
昨日も雨が降っていたし、まさかこんなに早く帰ってくるとは思わなかった。
だからしんべえから実家から酒が送られてきたという話を聞いて、じゃあ今一人少ないし僕の部屋で酒盛りしたらいいよ、なんて言ってしまったのだ。
堅物で礼節を重んじる同室者は酒盛りをしても立つ鳥後を濁さずを体現し、必ずその夜の内に部屋に帰る。
自室での酒盛りにも同じ規範を求める彼の眉間に戻らんばかりに刻み込まれているであろうシワを想像しつつ、喜三太は今自分に出来得る最良の策をとった。
曰く、素直に謝るに優るもの無し。

「ごめんねぇ…。とりあえず保健室で休んでくる?」
「いや、別にいい。昨夜たっぷり休んだから大丈夫なんだ。風呂に入って来るから皆を起こしてやってくれ。…久しぶりに顔が見られてよかったよ」

喜三太は呆気にとられて思わず振り返る。
だが一足遅く、金吾は姿を消していた。
元通り寝息と鼾と酒の臭いが充満する部屋には、一人狐に摘ままれたような顔の喜三太だけが取り残された。

今日も空は泣いている。














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