「僕、団蔵苦手なんだよねぇ」 何だそりゃ。 どう考えても暴言としかとれぬ台詞を堂々と吐かれた気がする。 俺は思いきり顔を歪めて、横に並んだ男を見やった。 太い木の幹を挟んでどしりと腕を広げる枝に犬がお座りするような体勢でおさまった男は、いつものとろけるような笑みを浮かべてこちらを見た。 「あ、冗談じゃないよ。心底そう思ってるからね!」 「…追い討ちどーも」 思わず半眼になりながらげんなりと呟くと、奴はけたけた笑った。 「団蔵って単純な直情馬鹿だけど、体力と筋力があるじゃない?は組だと金吾もおんなじ系統になるけど、獲物が獲物なだけにどうしても足が遅くなっちゃうでしょ。その点、団蔵は馬に乗れるから帳消しじゃない」 彼が一端言葉を切るのと同時に、木々がざわりとざわめいた。 この状況で風が出てきたなぁなんて思うのは、現実逃避以外の何物でもない。 駄目だということはわかっている。よく注意もされる。 だが、遠回りな会話はどうしても好かないし慣れない。だからなるべく避けて通っている。 忍者にあるまじきの糾弾は甘んじて受けよう。 俺の内心を知ってか知らずか、奴はまた口の端を吊り上げた。 「獲物もさぁ、暗器の扱いなんてお世辞にも上手じゃないけど、その辺に落ちてる棒切れ渡しといたら十分太刀打ち出来るなんて、ずるいよねぇ」 「そうか?山田先生にはもっと忍者らしく立ち回れって怒られるけどな」 「だって団蔵は忍者じゃないもの」 「は…?」 「団蔵は正義の味方だよね」 もっと光の当たる世界にいるべき人。 彼はそう、囁くように言って風に流されるままだった長い髪を、さっと振り払った。 線が細いながら質量のあるそれは闇に溶けるように広がる。 日の下で見ると団栗の実のようにほっこりして暖かそうなのに。 その差に、どうにもぞくりとする。 いつもふわふわ笑っていると思ったら、いつのまにか忍び寄って来ていた何かに足元をすくわれる。 何にすくわれたのかはわからない。何かにすくわれたという事実に気がついて大慌てで周囲を確認すると、そこにあるのはいつもの笑顔だ。 遠回りな会話と同じだ。どこに本質が隠れているのか分からないものが、俺は怖い。 裏をちらつかせるのならばそれが表でいいではないか。表だけで生きていけるのならそれだけでいいではないか。 こういう考え方がまず、奴には気に食わないのだろうけれども。 「まぁ、それは今はいいんだよ」 ぐぅっと手甲に覆われた腕を伸ばす。久しぶりの忍装束は些か小さく感じる。また身長が伸びてしまっただろうか。伊助に丈を伸ばしてもらわなくては。 そうだねぇ、と呼応した横の男も立ち上がる。その両手にいつも抱きかかえられていたナメクジ入りの壷が、闇を吸って鈍く輝く苦無に代わったのはいつからだろう。 喜怒哀楽の感情の中でも特に楽を重要視するこの男が、趣味と仕事を割り切るようになったのは、いつだったろう。 「そろそろ行くか、きり丸がお待ちかねだ」 「うーん。団蔵先に行ってね。僕後から適当に退路切り開きつつ、ついてくから」 「そーりゃありがてぇこって」 「うふふ。でもね団蔵」 「あ?」 「僕、団蔵のこと世界一憎たらしいけど、だからだぁい好きだよ」 「…そりゃ、どーも」 ほらまた、奴は確信を持って俺をかき乱す。 悶々とした胸の内は敵さんで晴らそうと、相手にとったら洒落にならないような考えをめぐらせながら、俺は枝をしならせて地上へと飛び降りた。 了 (山村、加藤) (2011/1/29) |