組手


(!)笹山兵太夫の実家捏造してます。




「金吾は、死間ってやったことある?」

なんで今この時に、と内心毒づきながら、僕は兵太夫の正拳を受け止めた。
そのまま身体をひねって外に逃がし手首を掴んで一気に投げた。だが、敵もさるもの、上手く受け身をとるなり間合いを置かれた。
じり、と忍足袋の下で小石が爆ぜる。

「受けた忍務の内容は黙秘。親しき仲にも礼儀あり!だろ」
「そう堅いこと言わずに。とっておきの秘密教えてあげるから」

言いながら前へ突っ込んできた兵太夫を避けて、振り返り様首筋に手刀を入れる。降り下ろした手はどこから伸びてきたのやら、長い腕に逆に捕らえられて背中に捻りあげられた。

「と…とっておき…って…?!」
「金吾が教えてくれるなら」

にっこり半月形を描く形の良い唇には最早悪意しか感じない。
そもそも兵太夫が何の裏なく久しぶりに手合わせしようなんて言うはずが無かったのだ。
どうする?なんて悠長に聞く笑みの下、僕の腕はめりめりと悲鳴を上げていた。
背に腹は変えられない。僕は目尻に涙を浮かべて頷いた。

「あーらら、泣き虫金吾ちゃんたら」
「うるさい!お前、これは脅迫だからな!」
「わかったわかったごめんごめん、で?」


痛む腕を押さえて地面にへたりこんだ金吾を見下ろして、兵太夫は学年の誰よりも長い手足を優雅に組んで促した。

「これきりだからな……有るよ、一度だけ。正直もう二度としたくないけど」

へぇ、と意外そうな声はどこまでも人を馬鹿にしている。
そして、

「ふうん、そういうことか」

と呟くと、訳知り顔で二度三度と頷いた。
不審が顔に出ていたらしい。
兵太夫は面倒くさそうに、とっておき、と前置いて口を開いた。

「今回のきり丸の忍務、最初はお前にも白羽の矢が立ってたらしいよ」
「え…」

一瞬完全に呆けて兵太夫を見上げてしまった。
兵太夫に今ここにお前の剣の師がいなくてよかったな、と悪態を吐かれて慌てて視線を反らすが、動揺は消えなかった。

「本当…なのか…?」
「あの庄左ヱ門に意見求められたって、三治郎が言ってたから」
「お前らの間に守秘義務はないのか」

呆れた声を上げる一方で、そうか斥候として侵入していたのは三治郎だったのか、と納得した。
うちの組で事前に現地に潜り込み下調べすることを得意としているのは、三治郎と乱太郎の二人だ。
どちらも抜きん出た情報収集能力を持っているが、特に三治郎のこれから流れるであろう血を嗅ぎ分ける能力は、只人の成せる技ではない。
ただ、そういう情報を持ち帰る時、彼は決まって床に伏せってしまうのだが。
三治郎は弱っている期間は人知れず姿を消して、暫くするとけろりとした顔で帰ってくる。
伏せっている時の彼は一部の人間を除いてまるで人を寄せ付けようとしないらしいが、真偽の程は、一部の人間でない僕には分からない。

「三ちゃんは技術屋として能力の高い僕も質の良い人材を求めてる奴らには有用なんじゃないって言ってくれたみたいだけど」
「自分でいうか」
「だって本当のことでしょ。猿楽もたしなむ僕のが剣術しか脳がないお前よりよっぽど優秀でしょ」

けろりと言えるのは自身に揺るぎのない自信があるからだろう。
悪意はないのだろうが、たまに兵太夫はこういう物言いをする。兵太夫の実家は公卿との関わりもある有力な武家だ。この学園に通っている所をみると、嫡子ではないのだろうが、読み書き算盤から茶道華道香道、その他都人と渡り合うのに凡そ必要と思われるような知識を最低限は身につけているらしい。
そんな確固たる基盤に基づく発言を聞く度に僕は、所詮相模の田舎侍よと嘲る声を裏に聞くような気がして、なんとも言えぬ気持ちになった。
一頻り笑って、兵太夫は視線を落として呟いた。

「…ま、実際身内以外には候補にも上がらなかったわけだけどね」

その点きり丸は女中に小姓、飯炊きから厩番までなんでもござれの芸達者だ、と続けながら、僕に手を伸ばす。
一瞬躊躇ったが、その手をとった。
そして掴んだその手の滑らかさに改めて驚いた。カラクリ作りや実習で荒れる手を、毎日丁寧に手入れをしているからだ。「武家のたしなみ」とやらと関係があるのかは分からないが、とにかく彼は手入れを怠らない。
滑らかで剣蛸一つないほっそりとした手は、皮膚は正絹の布を張ったよう、作り物じみていて美しかった。

ふと悲しくなった。
こんな時代ですら無かったら、彼のこの手は何か幸せなものを生み出す為にだけ使うことが出来たのではないだろうか。苦無や手裏剣を握れないことを悔しがる必要なんてなく、扇や綾錦や…何かそんなものが織り成す煌々しい世界を創造する為に。

一陣の風が見慣れた夜陰と物思いを散らす。見上げると、細い月が暗い空に浮かんで静かに僕たちを見下ろしていた。
今もこの帳のどこかで誰かが蠢き誰かが命を散らしている。

「僕は」

兵太夫がややあって口を開いた。

「きり丸が羨ましい。お前のこともだ」

僕はただ黙って頷いて、腕を引かれるままに立ち上がった。






(皆本、笹山)
(2011/1/9)









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