願掛




お風呂から上がって部屋に帰ると、きり丸がちょうど三組目の布団を敷こうというところだったので、僕は慌てて止めに入った。

「今日は乱太郎、保健室当番だから帰ってこないよ!」
「げ」

振り返りながらきり丸は枕をべちんと床に叩きつけた。

「出し損じゃねーか」
「まぁ…たまには広々使えていいんじゃない」

念願の二人部屋だねぇ、と冗談めかして微笑むと、同意するような苦笑が帰ってきた。だがその瞳は少しも笑っていない。
きり丸はその口の悪さから激昂型と思われやすいのだが、実は誰よりも感情の制御がうまく、怒っているように見せかけて、なんてことはザラだ。
そんな彼がこんなにわかりやすく瞳を揺らすなんて、と内心驚いたが、表面はおくびにも出さずに自分の箪笥に向かう。
奥から漆塗りの僕の箪笥、上半分が薬棚になっている乱太郎の箪笥、一番入口側に卒業した先輩から譲ってもらったというきり丸の箪笥が並んでいる。
箪笥の前で正座して一番下の段を開けると、微かに練り香の香りがした。
多分、麻や綿の肌着の下に隠れている家を出るときに着ていた絹の着物の準備をカメ子がしてくれたからだろう。

「ねぇ」

おっとり声をかけると、きり丸が応と答えた。

「よかったら、乱太郎の代わりに背中貸してあげるよ」

代わりになれるかはわからないけど。
口の中でもごもご言い訳を転がしていると、肩甲骨の間にぽすんと軽い重しが乗せられた。
何か言うかな、と少し待ってみたが、温もりはただただ静かに僕の背中で呼吸を繰り返す。

「いつから?」
「わからない」
「長くなるの?」
「わからない」
「遠いところ?」
「わからない」

わからない、に込められた真意が僕にはわからない。
それは秘密を保持することこそ第一の仕事である忍者であれば当然のことで、だけど彼が今、何を欲しがっているかはなんとなくわかってしまうのは僕が優れた忍者であるからではなく、僕もきり丸も未熟だからだ。
だから僕は、きーりちゃん、と甘やかすように名前を呼んだ。

「ここで待ってるから、早く帰っといでね」

僅かな間を置いて返ってきた答えは、出来たら、だった。





(福富、摂津の)
(2010/12/29)









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