明日の掌




「数馬、数馬」

三反田数馬は、名前を呼びながらぱたぱたと駆けてきた小さな身体を振り返り様に辛うじて抱き止めた。

「廊下走ると危ないよ、左門」
「すまない!だが聞いてくれ!」

ぱ、と満面の笑みでこちらを見上げた神崎左門を、数馬は目を丸くして促した。
だが左門が口を開く前に、後ろから声が追いかけてきてそちらに顔を向ける。

「左門んんまてこらああああ!」
「作兵衛ー苦しいー」

長屋の長い廊下の果てから鬼のような形相の同級生、富松作兵衛が走ってくる。後ろに続くのは迷子紐を腰にしっかり結びつけられた次屋三之助だ。
作兵衛だ!と声を上げる左門の手を慌てて掴む。三之助と同じく壊滅的な方向音痴の左門を始終追いかけ回している作兵衛があんな表情で駆けてくるということは、今ここで左門を逃がしていいわけがない。
自然に左門の手を握る指先に力が籠る、その指先にふと違和感を感じた。
そんな数馬の胸のうちなど知らぬ左門は振り返って言う。

「作兵衛が僕の横に来たら、よく見ててくれ!」
「うん…?」

そんなことを話している間にも同級生達は、ずかずかと近づいてきて、数馬が頷いた時には肩で息をする二人が目の前に到着していた。

「おっまえなぁ!裏々山集合で何で長屋にいるんだよ!」
「む!また間違えたか!」
「あぁ、まぁ少しな」
「少しじゃねぇよドアホ!三之助に到っては食堂にいたじゃねぇか!おばちゃんいる時点で裏々山ははるか遠くだろうが!」
「あはは」

烈火の如く怒り狂いながらも迷子紐を左門の腰にギュッと縛り付ける手つきは優しい。
作兵衛はいい奴だなぁと改めて頷いていた数馬は、ようやく気がついた。

「作兵衛…縮んだ?」

呟いた瞬間、作兵衛が真っ白になった。
まずい、と数馬が口を抑えたが時既に遅し。
慌てて踵を買えそうとした数馬の襟首は迷子紐を投げ捨てた作兵衛によって容赦なく締め上げられた。

「縮んでねぇ…縮んでねぇから…!お前保健委員だろうが!非科学的なこと言ーうーなー!」
「く…くるし…っ」
「作兵衛!数馬にあたるのはよくない!」
「ほんとだよお前、暴力に訴えるとか最低だろ」
「ちくしょおお!言葉の暴力は許されんのかよ!」

作兵衛の咆哮が段々涙混じりになっていく。
数馬は同情を込めて絞められたまま俯き震える頭を撫でた。
作兵衛の横に並ぶ左門をちらりと見やると、その背丈は作兵衛の横にぴたりと並んでいる。いや、もしかするとほんの少しだが追い抜いているかもしれない。
入学してから今まで学年で一番小さかった左門が作兵衛を追い抜いたということは、今学年で一番小さいのは作兵衛になる。
作兵衛が体格に恵まれないことを人一倍気にしているのを知っているだけに、この状況はなかなか居たたまれない。
やおら、数馬は首を締め上げる作兵衛の手に自分のものを重ねた。

「ちょ…っ」

逃れようとする作兵衛の手ををがっしり掴み、しばらく検分してから、大丈夫!と太鼓判を押す。

「左門の手を触った時も思ったんだけど、作兵衛の手も先月より大きくなってる。手が大きくなるって言うのは、身長が伸びる兆候なんだって新野先生が言ってたよ」
「本当か?!」
「うん、伊作先輩もそりゃもうバッキバキ伸びたって…」
「数馬、俺は?」
「三之助はもう十分じゃないのか!数馬!次見てくれ!」
「数馬ありがとうなぁ!よっしゃーすっげぇ嬉しい!」

絡んだ作兵衛の指先に力が込もる。
昨日よりも僅かに大きく逞しくなった手のひらは、これからもっともっと大きくなる。
まだ見ぬ明日を少しだけ見越して、数馬は笑みを溢した。





(三反田、神崎、富松、次屋)
(2010/12/19)
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