そんな飾った言葉はいらないの、あなたの言葉が聞きたいだけ




「そもそもね、僕は怒りたくて怒っている時なんて一度もないんだよ」

伊助が重々しく口を切ると、目の前に並んだでかい図体共は揃ってしょぼくれた。

「出来ることなら庄左ヱ門のように日々冷静に、乱太郎のように不運にも負けぬ笑顔で、三治郎のようにしなやかに世を渡って行きたいんだよ」

正座をした背中をぴんと伸ばして、訥々と語る。
居並ぶ二人は至極大人しく背中を丸めている。

「たまには羽目を外したくなることもあるでしょう。それはね、誰しもあることだから僕もそうそう文句は言わないよ。金吾みたいに山籠りした後つい水浴びせずに眠っちゃったり、喜三太みたいにナメクジさんと遊んだあとうっかりナメ壷の蓋を閉め忘れたり、しんべえみたいにドカ食い…は、いつものことだからちょっと心配だけど、まぁまぁたまのことなら思う存分やったらいいよ」

ただし、と語気を強めると奴らは一年生の子供のように飛び上がった。

「人様に迷惑をかけないっていうのが大原則です。僕、先月も同じ話をして、毎回鍛錬の後そのまま脱ぎ散らかすもんだから異臭を放ってた洗濯物を全て洗濯して、金吾の九回目の失恋を慰める会と称して開いた酒盛りの後の片付けを怠った、この世のものとは思えないほど汚れた室内から、三日間かけて鼠と害虫を全て駆逐したよね。これで半年は綺麗だねって笑い合ったよね」

伊助はそこで言葉を切った。隣室に被害が及びかねないので到底窓も入口も開け放せない室内は、全く違う意味でも重苦しい空気が立ち込めている。
二人がなるべく呼吸をしないようにしているのは、多分先ほどから顔の周りを飛び回る小蝿が鼻に飛び込んで来ようとするからではないはずだ。

「…二人とも、言いたいことは?」

わざとらしい柔らかさで促され、二人は息急ききって口を開いた。

*


今日は隣室が不潔なだけでなく騒々しい。
大変不愉快、と自室から首を出した兵太夫は、縁側に腰かけていたきり丸に目を止めた。

「何の騒ぎ?」
「母ちゃんにお尻ぺんぺんされてる」

的を射た簡潔な返事に、あぁ、と声を漏らした。お掃除のお手伝いのアルバイト、そもそもそんな名目がなければきり丸がこんな場所で油を売っているわけがない。
隣室が綺麗になるのは構わないがこのままでは巻き込まれかねん、と早々にカラクリ部屋への退避を決め込んだ兵太夫は、襖から漏れ聞こえる、ごめんなさいの大合唱に、改めて母の偉大さを思い知った。





(二郭、加藤、佐武、笹山、摂津の)
(2010/12/13)
(titled by 惑星/)









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