! 若干気持ち悪い/暗い ―― 俺は×××と二人で向かい合って座って、出来立てのシチューを目の前にして、とてもおだやかな気持ちだった。 にこにことしあわせそうに笑う×××。俺もつられて少しだけ口元が緩む。本当に少しだったのに、それを見た×××の大きな瞳はますます嬉しそうに細められた。 「ねえねえ、―――!」 どうしたんだ、×××。よく聞こえないよ。 テレビの砂嵐みたいにざあざあと喧しい音が脳内に響いてたまらない。×××が心配そうな顔でこっちを見ている。大丈夫だ、と言おうとしたが開かれた口は音を紡がない。 今度は視界がかすみ始めて、×××の姿がどんどんぼやけていく。 ×××、×××! 呼んでも呼んでも届くことはなくて、比例するようにどんどん目の前の光景が切れ切れになっていく。はあ、はあ、と自分の焦燥した息遣いだけがやけに響く。 ×××、×××、……… 「―…、夕香!」 大きな声にびくりと身体が震えた。心臓が忙しなく動いて、ぜえぜえと息をする。真っ暗な視界。 一瞬、なにがなんだかわからなくなった。 ここは、なんだ?どこだ?俺はどうしたんだ? 脳裏にはやけにくっきりとシチューが浮かぶ。それがぐちゃぐちゃに砂嵐と混ざりあっている。 身体中が汗でびっしょり湿って気持ちが悪い。うだるような暑さだ。それでも心臓は過剰に脈打っていやな熱が手の内にじっとりと溜まる。 「おにいちゃん?」 突然声がして、反射的に振り向いた。びくっ、と華奢な肩を震わせて、黒目がちな瞳が不安そうにこちらを見ていた。 心臓が一際大きく、跳ねた。 「ああ…夕、香。」 予期せず掠れた声が出て、無意識に眼をそらした。ゆっくりと、それでもいまだ痛いくらい心臓が働く感覚に、少しずつ頭がはっきりしてきた。 「おにいちゃん、どうしたの?怖い夢でも見たの?…泣いてるの?」 歩み寄ってきて、俺の頬に小さな手が触れる。 (そうだ、夢を…。それは、とても、怖い、こわい…夢だ。) 自覚した途端、一気に嫌な感覚が蘇って、ぼたりぼたりと大きな粒がおちていく。夕香の姿がゆらゆらとぼやけて、いつか感じたような焦燥が再び到来した。 「おにいちゃん、おにいちゃん、大丈夫だよ!怖いことなんてなあんにもないよ!夕香が一緒に居るからね!」 わざと明るい声で俺を元気づけようとする健気な、いもうと。幼い腕をいっぱいに広げてぎゅうと抱き締められる。 小さな身体。だが、その体温は確かにあたたかくて、今を生きていた。 背に腕を回して思い切り抱き締める。もしかしたら苦しいかもしれない。それでも、俺のすがるような抱擁を静かに受け止めてくれたことに尚更安心した。 ぽん、ぽん、と心地良い間隔が響く。そうやって頭を優しく撫でられてようやく、つかえていた息を吐き出した。 兄としての矜持など捨てて、ただただ消えないようにと腕の中に閉じ込める。 それでも、涙は止まらなかった。 もうこんな夢を何度見ただろうか。 夢のまた夢 |