無邪気な好奇心は悪 | ナノ


「っ、ふ、ぅ」

うまく飲み込めなかった唾液が口の端からつつつ、と不快な感触を残して落ちていく。
顎が痛い。息苦しい。慢性的な疲労と苦痛のせいで視覚が捉える世界はさっきから不明瞭だ。ついでに俺の舌をもてあそぶ指先の意図、も。

「苦しいか?」

口先だけで尋ねてくる。あくまで尋ねてくるだけ。ガゼルの言葉は砂漠の蜃気楼みてえなもんだ。信じた奴が馬鹿を見る。案の定、答えなくても好き勝手に動く指先は、口ン中をもどかしい動きで撫でてくる。

「バーンは口の中もあかいんだな。」

あたりめえだろ、と言いたいのは山々だが文字通り口が塞がってやがる。じゃあテメエの口ン中はどんな色してんだよ。ぬるぬると動く二本の指が舌の奥の方まで辿ってくるもんだからガゼルを見る。抵抗しようにも頭の後ろ押さえ込まれてて叶わない。目尻からこぼれた涙が頬を伝う。

「ソソるね、お前の怯えた顔は。」

ガゼルはそんな腹立たしい台詞を微かな笑みと共に浮かべながら、指を引き抜く。やっと訪れた解放に、詰めていた息を思い切り吐き出し新鮮な空気を取り込む。慌てたせいで酸素がつっかえて、思い切り咳き込んだ。それをどこか優雅な表情で見てくる蒼い眼。

「っ、げほ、は、っ、げほ、お前、まじでなんなんだよ…!」
「意味はない。ただ、お前の中身がどうなってるのか気になっただけだ。」

唾液で汚れた指をテッシュで神経質に拭き取りながら言う。嫌なら最初っから触るんじゃねえよ。苛立ちや憤りを込めた視線を遠慮なくぶつけるが、ヤツの纏う空気がそれで熱を持つことはない。

「次はどうやって覗こうか?」

心底思案している表情、どこか楽しそうに細められる眦。
その瞳の酷薄な色合いに、皮膚が冷えた。止まらない咳に不安を感じながら、苦しくてまた涙がこぼれた。


視的好奇心による遊戯