こんにちは、と小さな子供が見知らぬ家を訪ねるような、か細い呟き。俯いてわずかに泣きそうになっている姿は、なんだか気の毒だ。 「あの…、好き、なんです。…ごめんな、さい。」 反応がないことに不安になったのだろう。再び口にされた言葉。ついで先程はなかった筈の謝罪の単語。 砂木沼はその切れ長の輪郭をはて…とますます長くした。自身の細い手首をぎゅっと握りしめる手と、今の言葉は関係あるのだろうか。考えようとするが、どうにもうまくいかない。ただ、触れられた箇所がじわりと温かい。そればかりが鮮明なのである。 「…ごめんなさい、なにか、言ってください。なんでも、いいです。」 すがるように返答を求められるが、どのような言葉がこの場に相応しいのか? 申し訳程度に探してみるが、やはり、見つからない。 見下ろす緑色のつむじがとても頼りなく見えて、思わず自由な方の手を伸ばす。ぽんと置くと、肩がびくりと震えた。つられて砂木沼の身もはねる。そろりと手を引っ込めた。 「…すまない…。」 驚かせたことに対して小さく謝罪を述べる。しかし、緑川の中では違う意味を持ったようだ。ふるりと頭を振って、いいんです分かってましたから…と力なく言った。 未だに砂木沼は事態を理解していないのに、緑川の方では理解の更新が行われているようだ。 噛み合わない。 拘束がおずおずと解かれる。反射的に、砂木沼は緑川の手首を掴まえた。状況の逆転。また驚きではねる身体。しかし、今度は謝らなかった。 「あの…砂木沼さん?」 困惑した表情でちらりとこちらを見てくる。黒目勝ちな瞳はゆらゆら。 するりと手首をなぞって下り、そのまま自分より幾分か小さい、しかししっかりとした手を握ってみる。わずかに汗ばんでいるが、特に不快に思わなかった。 「好きだと…そう言ったのか?」 「…っ、あ、…は、い。」 「そうか…。」 あたたかい手をゆるゆると握って、砂木沼は少し考えた。 "何"を問えば早い話なのだ。 …そうと分かっていながら問わないのは何故だろう。 言葉の使用は正しくなければならない。しかし、なるほど…確かに、主語というものは野暮なのかもしれない。それに、じっと自分を見つめる両目が補完してはいないだろうか? 見つめ返せば、そんな気がした。 触れ合う表面が、じわりじわり。 曖昧模糊 「…好きだ。」 「えっ?え…?あの、なに、が…」 「さあ…、何が、だろうな…?」 「そんな、聞き返されても…」 「私の目を見てみろ。」 「…はい」 「分かりそうか?」 「…とても、都合の良い目をしてます。」 |