「昔、道路に絵をかいたのを、覚えてるかい? 黄と青のチョークで。あいにく二色しかなかったけれど、俺達は立派に素敵な絵をかいた。隣の街まで続く、しあわせな絵だ。覚えてるかい?」 グランは夢見心地で空を見上げた。きっとその瞳は黄と青で輝いているのだろう。しかしバーンには見上げずとも、頭上にただの天井が広がっているに過ぎないと理解できた。記憶や願望など、所詮は個人の所有物でしかない。 「俺達に過去なんてねえ。早くグラウンドに来い。」 短く言い切って睨みつける。眼をうすらと細めて、グランは切れ長の瞳をさらに鋭利なものにした。 「行ってそれでどうするんだい? この頃は実力の差が顕著になりつつあるじゃないか。今日も俺達ガイアは君達プロミネンスを立ち上がれなくなるまで痛め付けるんだ。俺はバーンを痛めつけるんだ。この意味が君にはわかるか? それは自傷行為も同じことだ。」 自身を労るように腕をさする姿を、バーンは冷ややかに見た。グランのその腕にはキャプテンマークが存在を主張している。 「反吐が出るぜ。てめえのそのお約束の気色悪い台詞には。だったらさっさとジェネシスの称号を諦めるんだな。」 「まさか。父さんへの愛情を投げ出すわけにはいかないよ。」 先程紡いだ言葉を裏切るようなことを、同じ唇がさらりと吐き出す。グランはいつもそうだ。だからバーンには、グランの真意など汲み取ることができないし、その為の努力すらも馬鹿馬鹿しいと感じられる。 「だったら屁理屈こねてねえで早く来い。あと5分だ。」 「バーンは本当に忘れてしまったのかい、あの絵を。忘れてしまったのなら、あるいは未来の出来事かもしれない。俺達は、しあせな絵を…」 「知らねえっつってんだろ。お前の戯れ言に付き合ってる暇はねえんだよ。」 機械的な、耳障りな音が一瞬聞こえて、ドアが閉まった。無音の部屋に一人。グランは溜め息をついて、静かに眼を閉じた。 僅かに時間が経ってもう一度眼を開いた時には、天井が窮屈に行き止まっているだけだった。 「…ほんの少しの幸福すら、許してくれないなんて。」 青と黄への逃想 |