「…は?」 間抜けな返答だ。バーンはそう自覚している。しかし、それも仕方がないだろう。 ガゼルという男は冷静沈着だと言えばそれまでかもしれないが、実は何も考えていないのではないかと、バーンは思っている。もしくは考えが自分の範囲を超越している為に理解出来ないのだ。 (まじにエイリアンなんじゃねえの…) あながち冗談でもない思考がぽつり。そんなバーンの心を当然ガゼルは知らない。もしかしたら、彼にとってはあっけにとられているバーンの方がよっぽど何も考えていないように見えるかもしれない。 「バーン…。お前は俺を愛しているのか?」 腕組みしたまま身動きも瞬きもしない。もう一度薄い唇が開かれて、温度も抑揚もなく質問が繰り返される。 蒼い眼はじっとバーンを見つめる。探っているのか、見透かしているのか。見られている方は内側を撫ぜられているような落ち着かない気持ちになるのに、ガゼル自身の瞳はどんな干渉をも拒むように冷たい。硝子、もしくは鏡だ。 自分の姿をきれいに映す様がそれを物語っているようで、バーンは苛立たしげに舌打ちをした。 (いけ好かねえ・・・。) それが、ガゼルへの最初で永遠の印象である。 ガゼルと共に居る時間は何十倍何百倍にも間延びしたようにゆっくり過ぎる。かと思えば、いざ過ぎてみればそれは記憶するにも至らない程の短い時間であったりする。 「意味がわからねえ。」 やっとの思いでそれだけ紡ぐと、なにかとてつもなく嫌なものを口に含んだような、そんな低い声が出た。ヒートやネッパーが聞いたら何事かと慌ててしまうであろう声。しかしガゼルとのやりとりにおいては人当たりだとか気遣いだとか、そう言ったものを気にする必要はない。バーンにとってはガゼルが不快になろうが傷つこうがどうでもいいことだ。(もとより傷付くなどとは思っていないが。) ちらと壁時計を見れば、まだ1分も経っていない。それなのに秒針の動きよりもはるかに速く、着実に息苦しさが溜まっていく。苛立ちに内臓が圧迫されているせいで、窓一つ無い窮屈な自室がますます狭苦しいものに思えた。 「そのままの意味だ。」 言ってから、はねっ毛の強いスカイブルーをいじる。風一つない部屋では髪など乱れないが、ガゼルは必要以上に容姿に気を使う。そういう神経質な癖もバーンがガゼルを好く思わない要素の一つ。 「愛してるかって?俺が、お前を?なわけねえだろ。ばっかじゃねえの。」 思いのままに吐き捨てれば、少し考えるような仕草をしてから、「そうか…」と、何処か納得したように呟いた。 「てめえまじで何なんだよ。全っ然意味わかんねえ。きもちわりいんだよ。」 相変わらずガゼルの冷たい眼はバーンをうつし続ける。まるで自分がその瞳の中に閉じ込められているかのような気すらしてくる。不可解な思考を探る為には見ていたいが、見られていたくはない。そんな矛盾。 「俺は…、お前に愛されたい。」 音となって流れ込んだガゼルの思考。今度こそ、バーンは無機質な蒼から眼を逸らした。身体中にぞわぞわ鳥肌が立ち、震え、手のひらに嫌な汗が滲む。 (こいつは今、なんて言ったんだ?愛…愛?なんだそれ、意味がわかんねえきもちわりいきもちわりいきもちわりい…) 不快感がぐるぐると渦巻いて、込み上げる吐き気を必死で飲み込む。じわりとした汗と共に、生理的な涙がぼろぼろと溢れて心臓は今にも張り裂けそうなほど脈打っている。 「バーン、どうしたんだ?具合でも悪いのか?」 急にうずくまったバーンを心配して、ガゼルは背中にそっと手を添えた。自分とは異質な者に触られた恐怖と不快感。しかし、服越しに感じる体温はわずかに温かかった。自分と同じやわらかな体温を、ガゼルはちゃんと持っている。その温かさに少しだけ安心したバーンは、それまで堪えていた生温くどろどろとしたものをガゼルに思い切りぶちまけた。 突然吐き出されたそれらにいささか驚きを見せはしたが、ガゼルは静かに微笑んだ。 震える背をそっと撫でる。 そして、バーンのその全てを受け止めた。 表層心理≠深層心理 ―― 解釈はお任せします。 |