I,Eye,愛 | ナノ



「晴矢、はるや。視力が逃げていった。」

また変なこと言ってやがると思って振り向くと、そこには涙をぼろぼろこぼす風介が居た。俺はぎょっとしたまま透明な粒が落ちていく様をしばらくの間、見た。
風介は眼の輪郭いっぱいに涙をためて、視線をぼおっとさせている。俺のことが見えてんのかも微妙なとこだ。

「晴矢、返事をしてごらん。」
「…。」

しろって言われてすんのも間抜けな気がして、なんとなく黙る。返事はもとから期待してなかったらしい。覚束ない足取りでこっちに少しずつ近づいてくる姿はなんつうか、ホラーだ。
きれいなホラー。
親が子供の歩行を見守るみてえな気分になっちまって、そのまま見ていると、細長い指先が、俺の髪に触れた。

「この赤だけは、間違えない。」

潤んだ瞳がふっと笑って、ずいと顔を近づけてくる。身を引こうとしたが、後頭部に抵抗力。

「排水溝に、流れてしまったかもしれない。」
「ああ?…コンタクト、か?」
「視力。眼が痛い。」
「探してやるから待ってろよ。とりあえず、離せ。」
「いや…。要らない気がしてきた。」

頬に口づけ。…意味解んねえ。
それでも視線はさっきよりもずっと、俺のことをちゃんと捉えている。
近すぎて、今度は俺の視界がぼおっとしてきた。

「ぼやけてんぞ。」
「私は、はっきりしているよ。」
「お前だけの視力じゃねえって、ことだよ。」

後頭部を押さえる手がはらりとほどける。
多分、笑った。


とりあえず眼鏡、探さねえと。
心臓も保たねえし。



共通項【アイ】