壁時計の短針が3を指したので、食堂まで行き、前に買っておいたバウムクーヘンを棚から取り出す。袋に閉じ込められているぐるぐる巻きのそれを見て、今出してやるからな、と意気込んだ南雲の唇が少しだけ弧を描く。長テーブルにおさまる椅子をひっぱって、腰かけるとすぐに袋を無造作に開けた。ふわりと鼻先をかすめるかおりに堪らなくなって、まずは一口頬張る。やわらかくて素朴な甘さが口に広がって、小さな幸福感が身体中を満たす。もう一口かじる。もぐもぐ。あえて効果音にするならば、きっとそういう音だろう。 カチリ。少し離れたところで硬質な音がしたので、バウムクーヘンと熱心に見詰めあっていた瞳を、ちらりと動かした。しかし視線はすぐに愛しいおやつに戻ってくる。 「なんだよ。そんなに見てたって、やんねえからな。」 短く言い終えると同時に、今度はいささか大きく頬張る。もごもご。口の中が余すことなく甘味で支配される。しかしそれは南雲にとって好ましい感覚でしかない。 「美味しそうだな。」 静かな動作で紅茶を一口飲んでから、涼野はぽつりと言った。その瞳は細められ、どこか楽しそうだ。 「…っ、だあから、やんねえっつってんだろ!」 思い切り飲み込んでしまったのか少し詰まりながらも、はっきり拒絶を表しきつい目付きで涼野を睨む。しかし涼野はにらまれたことを気にする風でもなく、視線をそらさず紅茶を飲んだ。 しばらくの妙な間。涼野がじっと見てくるので逸らしたら負けだ、と対抗意識を燃やす。 カチン。と、カップをソーサーに戻す音が小気味良く響く。涼野は事も無げに視線をすいと逸らした。 「もう十分味わったからいいんだ。」 それだけ言うと、くすりと笑って立ち上がる。南雲が眉間に皺を寄せて「?」マークを浮かべている間にも、ソーサーを流しに出して涼野は食堂から立ち去った。 ごちそうさま。そう言い残して。 「なんだあいつ、相変わらず変な奴だな。」 腑に落ちないもやもやに少し怪訝な表情を浮かべるも、目の前にはバウムクーヘン。すぐに意識が食欲でいっぱいになる。涼野が居なくなった今、邪魔する者は誰も一人としていない。今度こそ、最後までゆっくり味わうことが出来る。満足げな表情を浮かべ再び頬張ったそれは、先程よりも甘ったるい気がした。 甘党少年達の愉しみ ―― 風介は晴矢をおかずに紅茶が飲める。 |