泣かせたい人と泣けない人 | ナノ


! 多少暴力的描写有


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遠慮なくその横腹を蹴る。サッカーボールみてえに容赦なく蹴られた源田は、苦しそうに顔を顰めてげほげほと咳き込んだ。普通の奴ならそろそろ吐いてる頃だと思うが、それでも吐かないのはやっぱり日頃の特訓の成果なんだろう。キーパーだったら尚更か。腹を抱えてうずくまる姿を見下ろす。苦しげに小さく吐息を漏らすだけの目の前の男と違って、はあはあと肩で息をする自分の音が耳障りで仕方がねえ。

「気は…すんだのか?」

どこまでも優しい声音で聞かれて、まるでこっちが被害者みてえな錯覚すらしてくる。
(まただ。また、うまくいかねえ。)
込み上げる苛立ちのまま足を踏み下ろして肩をぐりぐり踏みつける。

「・・・・・・っあ、」

漏れる声はセックスする時と同じなのに、今の俺達には甘さの欠片もねえ。最後にヤったの何時だっけかな。そんなくだらねえことを考えて、踏みつける人間の体温から意識を逸らす。ほとんど全体重かけて思い切り踏みつけてんのにそれでもやっぱり、ひたすら耐えている。

「いい加減泣いちまえよ。」

思ったよりも湿っぽい声が出て、舌打ちする。なんで俺がこんな声出してんだ。もう頭も心もごちゃごちゃに散らかって全然整理がつかねえ。そんな俺の内を知らねえ足元のこいつは、どこまでも強情だ。

「い、やだ…」
「俺はてめえのそういう所がうぜえんだよ!」

もう一発蹴る。

「っ、は、…俺は、不動のそういう所が、好きだ、」

こっちを見上げて、困ったように笑う姿を見て、いよいよ俺が泣きてえ気分になってくる。それをかき消すように乱暴に蹴って、蹴って、蹴った。

「・・・くそっ!」

まったく抵抗せず、源田はただただ俺の理不尽な暴力を受け止める。
ああ、そうだ。そうだよ。俺がしたいのはこんなんじゃねえんだよ。きっと源田もそれを分かってんだ。だから、苦痛を味わうだけのこの無意味な行為を受け入れるんだ。

「なんでてめえはそうなんだよ…」

源田、馬鹿野郎。てめえは優しすぎんだよ。だからいつまでたっても馬鹿野郎なんじゃねえか。
支離滅裂でとりとめのない想いが渦巻いて、身体がどんどん重たくなる。その重力に押しつぶされて、立っていられなくなった。抗うのを諦め、しゃがみこんで項垂れる。地面が二重にも三重にもなって、終いには視界は意味を成さなくなった。
顔を見られるのが死んでも嫌で、膝の間に顔を埋める。

「不動、泣いているのか?」

俺の背にそっと触れる。痛むだろう身体にムチ打って手をさしのべてくる源田に、心底腹が立って苛立って、そして・・・羨ましかった。ずず、と鼻をすするみっともねえ音が頭蓋骨中に響き渡ってうるせえ。耳鳴りと頭痛がいっぺんにやってきた。でもきっと、俺に滅茶苦茶に蹴られまくった身体のほうが、もっと痛いんだろう。そう考えると溢れる感情を余計に抑えられなくなる。

「うるせえばあか泣いてねえよクソ野郎。」

ぼやけた脳内では子供染みた暴言しか出てこねえ。震える声で言ったって、肯定してんのと同じだ。
クソ野郎は俺か、とどこか冷静な脳内で思う。

「不動が、そうやって泣いてくれるから…、俺は我慢出来るんだ。」

しぼり出すように呟く源田。今度こそ泣いてんのかと思って僅かに顔を上げた。でも声音はどこまでも泣き出しそうなくせに、目の前の強情な馬鹿は辛そうに顔をゆがませるだけで、小さく微笑んでいた。涙に濡れた俺の頬を優しく撫でる。…温かい手。
こいつはいつだって、俺がどうやってもできねえことを簡単にやってのけんだ。
(これじゃ、本末転倒じゃねえか。)
悔しくて、俺はまた、泣いた。


不器用な二人



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不動さんは源田さんを甘やかしたくても色んな感情が邪魔をして甘やかせない。
源田さんは源田さんで、泣く=弱さだと思っていて、我慢している内に泣き方を忘れてしまいました。
そんな不器用な二人。