きっともう壊れている | ナノ



部屋の中は真っ暗だった。部屋の主は寝ているわけではないが、ベッドの上でうずくまっている。只でさえ小さな身体は丸まっているせいか、もしくは暗闇の中に居るせいかますます小さく見えた。
電気を点けるとかそういった気遣い・場合によってはお節介をすることもなく、グランはそのままチームメイトに歩みよった。ドアが後ろで機械的な音を立てて閉まる。密閉された暗闇。近づくにつれ、その少年が浅い呼吸を繰り返しているのが分かったが、その姿に心を痛めるような情緒はグランにはもうあまり残っていなかった。

「苦しいのかい、ネロ。今日は沢山頑張っていたからね。」
「…、ほっといてくれ。」

ただでさえ色素の薄いネロは驚くほど顔色が悪かった。それでも、グランの言葉には不快そうな表情を浮かべる。身体のあちこちに痛々しい痣。
ごく平均的な身長にまで育ったグランには、小さな体躯を持つ者の苦労は分からない。

(ボールと同じくらいに見えるのにゴールキーパーだなんて…。だけど、父さんが言うなら出来るんだ。)

平均よりもうんと身体の小さいネロにキーパーを任せることにより、いっそう効果的に計画による成果を示すことが出来る。
それが、吉良星二郎の考えだった。そのすべてを崇高であると信じているグランは、計画の端々を無謀だと考えるのは自身が愚かだからだとさえ思っている。

「…っ、う…、」
「ネロ…。」

目の前に居る小さな少年は激痛を抱えながらも、決して自分に頼ってこない。シーツを握り締める手だって、グランのそれとは比べ物にならない。

「気が、済んだら…、出てって、く、あっ、ぐ…う、」
「そんな、酷いな…。俺は君が食事にも来ないから心配で。」
「、は、ははっ、…っつ、心配…?何が?」

ジェネシス計画が始まってから、感情の起伏をあまり見せなくなっていたネロが笑ったことにも驚いたが、それよりも絞り出すような声で「何が?」と問われて、グランは言葉に詰まった。構わずネロは続ける。

「心配してるのは、計画だろ。」
「なに言、って…君の事を、だよ…。」

乾いた喉は白々しい響きしかうみださない。ネロは生理的な涙をうっすら浮かべてグランを射抜いた。

「…救えない。」

ネロが浮かべている表情が、痛みに耐えているそれなのか、それとも侮蔑のそれなのか、グランにはよく分からなかった。短く吐き出すように紡がれた言葉に主語はない。きっと、グランの胸の内に思い浮かぶものすべてが主語になっているのだ。

「…ネロはまだ戻れるかもしれないね。」

グランは、不意に肩の力をふっと抜いて小さく笑った。幾分か痛みが和らいだのか、もしくは感覚が麻痺してしまったのかもしれない。ネロはやっと少しだけ落ち着いたようだ。決して大きくはない声で、静かに呟いた。

「…そういえば、君はそうやって笑うのか。」
「ふふ…、さあね。もう忘れてしまったよ。」

心をぐしゃりと潰して、グランはにっこりと笑った。そうしながらもネロの笑った顔を思い出そうとしたが、うまくいかなかった。


半壊チルドレン