メリー,クリスマス. | ナノ



季節はもうすっかり冬で、寒さに凍える身体を冷たい風が容赦なく引っ掻いていく。町中がクリスマスカラーに彩られているのを見て源田の心は軽く弾む。
しかしそんな源田とは対照的に今日の不動はいつにもまして口数が少ない。

「不動!もうすぐクリスマスだな!クリスマスってなんだか楽しい気持ちにならないか?」
「…最低のイベントだ。」
「え?」
「楽しい思い出なんてないね。つうか、そもそも俺ン家でクリスマスはイベントですらなかったんだよ。俺は大ッ嫌いだね、くだらねえ。」

賑やかな町並みを一瞥して、不動はそれきり黙ってしまった。
自身の言葉で不動の頭の中は幼少期の決して明るくない記憶でいっぱいになる。近所の家が煌びやかな電飾でクリスマスを讃える一方で、彼は母と一緒に電気も点かない家の中で生活していた。両親はいつだって悲しそうな顔をしていて、世間が明るく楽しい雰囲気になる程に自身の暗い家庭環境が浮き彫りにされる。
クリスマスは、大嫌いなイベントの一つだった。

「そうか…。」

源田は少し残念そうな声を出してとぼとぼと歩く。そんな源田に構うことなく不動は乱暴にざかざかと足を前にやり続けた。それでも二人の距離はあまり開かない。

「…なあ不動。一緒に、クリスマスパーティーをやらないか。」
「はあ?テメエ今、人の話聞いてたかよ。」
「ああ。」
「じゃあなんでクリスマスパーティーの話になるんだよ。」
「あのな、不動。俺は、クリスマスが好きだ。クリスマスって、楽しい気持ちになるんだ。家族や友人と過ごして、プレゼントを交換したり、ケーキを食べたりして、いや、そういうことをしなくても、楽しい気持ちになるんだ。どんな些細なことだってクリスマスに起こったことなら全部、なんだか特別なことのように思えるんだ。だから、そういう楽しい気持ちを、不動にも感じて欲しいんだ。」

クリスマスの楽しさをどうにか伝えようと懸命な源田を見て、不動は溜息を吐いた。生活の端々で思うことだが、つくづく育った環境が違う。きっと源田は本人の言葉通り、絵にかいたようなクリスマスを送ってきたのだ。何故、同じ年数で内容がこうも違うのか。どこにぶつけたら良いの分からない感情が心の中を渦巻いていく。

「うるせえ。…むかつくんだよ、クリスマスなんて。」

歩を進めるのが億劫になって、立ち止まる。口にしてしまえば酷く子供じみていて、それがますます感情を荒立たせた。どこからともなく、しかしそこら中から聞こえてくるクリスマスソングが耳障りで仕方がない。ちかちかと光る、街路樹の電飾でさえも。
足元の影をじっと見ていると、がばりと不意に抱きしめられた。

「…なにしてんだお前。」
「俺は、不動に、クリスマスを楽しんで欲しい。嫌いだなんて言わないで欲しい。」
「とりあえず放せよ、外だっつうの。」

ぐいと胸を押して距離をとろうとするが、力いっぱいにぎゅうと抱き込めらてしまっては元々の体格差も手伝って離れることは容易ではない。
―それに。

(なんつう声出してんだ。)

「今まで楽しめなかった分も、今からたくさん楽しんで欲しいんだ。だって本当は…、不動もクリスマス、したかったんじゃないか?」

まるで自分のことのように寂しそうに小さく紡がれた言葉。それを聞いた瞬間、不動の心の中が煮立ったのを感じた。

「…っるせえ!俺はそういう同情が一番うざってえんだよ!このクソ野郎が!」

憤りのままに自由な足で思い切り源田を蹴りつける。それでも腕の力が緩まることはなく、あくまでも穏やかに言う。

「なあ不動、一緒に凄い夕食を食べて、ケーキのろうそくを消そう。それで、クリスマスソングを歌って、プレゼント交換なんかもしよう。夜更かししてサンタのおじさんを一緒に待とう。それから、それから…。」

源田は一生懸命言葉を探している。
クリスマスケーキ、プレゼント。
"今年は何もらおうかなあ?私ねえ、去年サンタさんに手紙書いたら返事きたよ!えー、嘘だあ、サンタさんなんて居ないよー。今年はパパがすっげー所でご飯食べさせてくれるって!プレゼント何もらおうかなあ。"

クリスマスが、クリスマスに関わることすべてが、嫌いだった。
でも。

「うるせえんだよ、浮かれやがって…。」

やり場のない気持ちを、手の中にぎゅっと握り込める。爪が食い込んで痛むが、それを必死に我慢した。胸の奥にずっとしまいこんでいた感情が一気に溢れてきて、気を抜いたらなんだか泣いてしまいそうだった。
クリスマスなんて、…クリスマスなんて。
源田は力一杯に不動を抱き締めてくる。
息ぐるしい。それでも、温かい。
仕方ないと諦めていた。つまらないものだと思うしかなかった。嫌うしか、なかった。

でも、本当は。

ぎゅっと源田を抱き締める。

「げんだ。」
「うん?」
「ケーキ手作りしろ。なんかすげえプレゼントよこせ。」

豪勢なものは出なくてもいい。プレゼントがなくてもいい。

「うまいもん食わせろ。楽しくなかったら泣かす。」
「ああ。」
「それから…、」
「それから?」

(…いいなあ。なんでうちにはサンタ来ないんだろ。俺が悪い子だからかな…。)
本当は、年に一度でいいから家族で温かく過ごす時間が欲しかった。

「…ずっと一緒に居ろ。」

本当は、本当は。楽しそうなクリスマスが、羨ましかった。

「…ずっと一緒に居て、俺を楽しませろよ。クリスマスさせろよ。」

小さな声で呟いて、源田の胸に思い切り顔を埋める。言い終わってからどうしようもない羞恥と名状し難い涙が込み上げてくる。それを慰めるように、大きな手が背中を優しく撫でる。

(サンタさんまだかなあ。今年も来ないのかなあ。俺、まだ良い子じゃなかったのかなあ。)

「不動、不動。」
「んだよ…。」
「今年は、とびきり楽しいクリスマスにしような。」
「…たりめえだ、バカヤロー。」

(でも、もっと良い子にしてれば来年は来てくれるかなあ。)


サンタクロースは、
やってきた。