知らない大人達に囲まれての事情聴取やカウンセリングといったもろもろのことから解放された時には、俺達はすっかり疲れていた。疲労困憊とはまさしくこのことだ。もう疲れる気力すら残っていない。 見渡せば広い車内には懐かしいとすら思えるみんなの、疲れたかなしそうな顔。短期間ながらも身についた習慣とはすぐには消えないもので、ヒロト達が視界に入るとなんとなく身構えてしまうから窓の外に眼をやった。 空は青く、雲は白い。遠くに山々がなだらかに連なって、そのすその方からは緑が続いている。 当たり前のようにある自然がいつの間にか当たり前じゃなくなっていた。そしてそんなことにすら気がつけなかった殺伐とした、…。 流れていく景色はどこまでも穏やかで、不思議と気分が落ち着く。 のんびりとふかふかした緑を見ている内に、思わず大きな声を出していた。 「あっ、あの!ちょっと止めてください!」 ぱさぱさ、さわさわ、と音をたてながら少し伸びた草を踏み分け走る。思ったよりも近くから同じような足音が聞こえてきたので、さらに速度を早めようとしたら、右足が左足にひっかかって転んでしまった。あっと間抜けな声をあげて視界ががくんと低くなった。それでも全然いたくないのは自然のじゅうたんのおかげだ。少しちくちくするくらいでそれすらも、心地良い。 目の前の草は一本一本風に凪いでいる。あ、てんとう虫。 後ろから「大丈夫かい?」という言葉が聞こえたのと、横から盛大な笑い声が聞こえたのはほぼ同時だった。地面に寝そべった格好のまま横を見ると、南雲が人を小バカにしたような笑みを浮かべて言葉を投げかけてきた。 「だっせえ奴!」 うう…そんな思いっきり言わなくても…。でも、なにか言おうにも走っていく背中にはもう届かないに違いない。 「よそ見するとは余裕だね!」 「はっ、てめえにはこれくらいで十分なんだよ!」 「いつまでそんな減らず口をたたいていられるかな!」 相変わらずのやりとりをしながらも、南雲と涼野の姿はどんどん遠ざかっていく。遠くに見える木まで競走しているらしい。犬猿の仲…いや、喧嘩するほど仲が良い、かな。 「緑川、大丈夫かい?」 もう一度心配げに、ヒロトがすっと手を差し伸べてきた。見上げると陽の光を背負った赤が眩しい。その白い手を掴んで、向こうが力を込める前にぐっと引っ張った。うわっ、とか俺に負けないくらい間抜けな声をあげて、同じようにヒロトがダイブ。 「…った、なにするんだよ。」 「まあまあ、短気は損気。こうやって寝転ぶのも結構気持ちいいもんだよ。」 うつ伏せになっていた身体を反転させて、本格的に寝転ぶ体勢になる。ちょうど雲に隠れて、太陽は眼に優しい光となった。そよそよ頬を撫でるのが草なのか風なのかもうわからないくらいだ。 心地よくて、生きている。 そんな実感がじわじわ込み上げてきて、なんとなく感慨にふける。 ヒロトをちらりと見ると眼を瞑って穏やかな顔をしている。きっと俺と同じように自然やなんかを感じているんだろう。 「気持ちいいね、本当に。」 「だろ?なんか気持ちが穏やかになるっていうかさ。」 「…久しぶりだ、こんな気持ち。」 そこまで言って、ヒロトは口をつぐんだ。てんとう虫がぴよぴよ飛んでいった。多分さっき見たやつだ。 「ごめん。」 「え…っ、何が?」 「グランだった時、レーゼにした事。ジェネシスとして、ジェミニストームにした事。」 「…。」 ヒロトの率直な言葉に、うまく返事が出てこない。 正直、すべてが終わった今となってはすでに遠い過去というか、むしろ夢だったんじゃないかとすら思えてくる。毎日が砂のように不透明にぼんやりと過ぎて。それでも1日1日が終わる頃にはひどく疲れた。 あの日々を…脳は早くはやく忘れたいのかな。 雲の隙間から太陽が一瞬だけ覗いて、隠れた。 あたたかいひかり。 「今は…、ヒロトはヒロトだし、俺はただの緑川リュウジだよ。それ以上でもそれ以下でもないさ。」 「…そっか。」 遠くの方で瀬方と砂木沼がゆっくり散歩している。穏やかな笑顔。 みんな、思い思いに過ごしている。 きれいな空気を吸って、新鮮な緑に触れて、それを他人と分かち合う。 あたたかい。やわらかい。やさしい。心地良い。 身体がじんわり満たされて、なんだかいてもたってもいられなくなってくる。 「緑川…、泣いてるのか?やっぱりさっき転んだ時にどこか痛めたんじゃ…。」 「…大丈夫だよ。どこも痛くないさ。ただ…」 「ただ?」 「またみんなとサッカーしたいなあって、思っただけ。」 空がきれいだった |