届いているだろうか | ナノ



なんとなく睡魔がやってこねえもどかしい夜っつうのはいつでもしらっとやってくる。
時間をもて余してベッドの上でごろごろしていると、ゆっくりドアが開いて風介が無断で入ってきた。
こいつはいつもそうだ。自分がされて嫌なことを他人には平気でしやがる。文句のひとつでも言ってやろうと思って口を開いたが、少し考えてから、元通り閉じることにした。どうせまたなんかあったんだろ、とか思う俺は大分こいつに対して忍耐強くなったし順応したもんだ。ベッドの端に腰かける姿を見てそんなことを思う。…平たく言えば甘くなったっつうことだ。
薄い色をしたガラス玉みてえな瞳がじっとこっちを見てくる。

「南雲…。私の姿は、お前に届いているか?」

抑揚のない発音。
出た。例に漏れず今日も。
正直、風介の頭はどっか壊れてるんじゃねえかと俺は密かに疑っている。

「届いてるっつうか、見えてるぜ?」
「では、今私に見えているお前の姿は今現在の本当のお前か?」
「ああ…?そうじゃねえのか?」
「知っているか、南雲。今ああやって夜空にはりついている星は何万光年、下手したら何億光年も前に、すでに息絶えているんだ。」

眼差しが窓の外に向けられる。つられて俺も星空を見た。

「恐ろしいと思わないか?あの空は死の海だ。それを私達は平然と見ている。あまつさえ美しいとすら感じる。分かるか?目に見えるものがすべてではないん、だ。」

不自然に途切れた声。視線を風介に戻してみれば、はらはらと、その両目からは涙が次々と生まれては消えていく。こんな風に泣く風介を、もう幾度となく見てきた。その度に、俺はなんとも言えない気分になる。
いつまでたっても進歩しねえ。俺も、コイツも。
胸に溜まる苛立ちはどちらに対して感じているんだろう。
陳腐な気休め文句を探すのにはいい加減飽きた。

「ちょっとこっち来い。」

壁際に寄った俺の隣には一人分のスペース。かわかない瞳を抱いたまま、風介はのろのろと、それでも大人しく傍にやってきた。その腕を強引に引っ張って、奴の顔を薄っぺらい自分の胸板で受け止める。涙で心臓のあたりがしくしく湿った。今は幾分か重力に従っている髪をわしゃわしゃと撫でて、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。…相変わらず体温が低い奴だ。ほのかにシトラスのかおりが鼻先をくすぐった。

「な、ぐも…?」

くぐもった声が俺の意図を探ってきた。それでも、腕のなかの風介を離そうとは思わない。

「ったく、しょうがねえ奴だな、お前も。」

本人に似て神経質そうな髪の毛を一本一本優しくすいてやる。背中におずおずと両腕が回されて、よしよし、と思う。

「こうやって触れ合えるっつうことは、まあ大丈夫なんじゃねえの。」

母親が子供にするみてえに、出来るだけ優しく優しく扱ってやる。そんなに優しくされた記憶が、あるわけじゃねえけど。

「君はいつでも楽観視し過ぎるんだ。」
「てめえは悲観し過ぎなんだよ。」
細腕に苦しいくらい抱き締められて、なんとなく苦笑が漏れる。

「晴矢、君が好きだ…。消えないでくれ。」

真っ暗な部屋の中で、その言葉だけが瞬いた。


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