愛好家 | ナノ



さっきから目の前で源田がおろおろしてやがる。最初に言っとくが、俺は別に怒っちゃいねえ。いつもみてえになげえ話を適当に聞き流しながら、その表情や身体のパーツなんかを観察してたら何を勘違いしたか知らねえが、気がついたら源田は謝り始めていた。
俺のどこが不機嫌なんだよ。無愛想なのは元々だっつーの。まあ、あんまりにも黙りすぎてたか?とにかく源田はあれこれ理由をつけて謝ってくる。
その申し訳なさそうな顔!
最高だねえ。
いつもきりっといかにも熱血漢らしい形を描いている眉は情けなく下げられ、瞳はどこまでも悲しそうでどっからどう見ても犬でしかねえ。そのふさふさの毛並みに手を伸ばしそうになるのを自制して、もうしばらく黙って見てることにする。
耳と尻尾がついてりゃもっと傑作だったのにな。それじゃあもう人間じゃねえか。つうか無くても見える気もする。
段々謝るネタも尽きてきたんだろう。寂しげに俺の名前を呼んでくる。…もう少しで返事しちまうとこだった。そんな忍耐を知るわけもねえ源田は、口を開いては閉じのまどろっこしい躊躇いを見せてから終いには「俺のこと…嫌いになったのか?」と、ほざいてきやがった。
てめえはどこぞの女子かバカ野郎が!

「源田。」
「ふ、不動!」

ただちょっと名前を呼んだだけなのに、もっと隠せと言いたくなるくらいぱあっと明るくなる。なんだてめえは。くそ単純じゃねえか。犬野郎。

「ばーか。」
「ああ!」

俺が言われたらそれこそ馬鹿馬鹿しくてやってらんねえような簡単な言葉でも嬉しそうにしてやがる。

「犬。」
「…不動、もう怒っていないのか?それともそれは怒っているのか?」

普通、怒ってる奴にんなこと馬鹿正直に聞いちゃますますキレるんじゃねえの?どうでもいいけどよお。

「別に。」
「そうか!」

たったの一言で源田は思い通りになる。馬鹿っつうか、アホっつうか…。その間抜け面。さっき我慢する羽目になった腹いせも込めて頭を思い切りこねくりまわしてやる。はげろ。ふさふさしやがって暑苦しいんだよてめえは。頭がぐいぐい右に左についてくる。それでも源田は嬉しそうにしてやがる。

「源田。」
「ん?」
「ばか。ばーか。ばあああか。」
「やっぱり、不動はそれでこそ不動だな!」

間抜け面がもっと間抜け面になった。幸せそうと言えないこともない。つうかてめえは俺のことをそんな風に思ってたのかよ?
いい度胸してんじゃねえか。泣かす。

「不動。」
「あ?」
「お前と言葉を交わせるというのは、こんなにも嬉しいことなんだな。」
「…」

何悟り開いてんだてめえはもっと考えてからものを言え、と頭の中ではそれくらいの返事がすぐに準備できたが、生憎心臓はそれどころじゃないらしい。
おいおい、んな急に働き始めたら血管切れんじゃねえの?身体からの返答はナシ。シカトだシカト。体温が必要以上に上昇してきた。源田はそんな俺にはお構いなしでにこにことあほ面ひっさげてやがる。見える筈もない尻尾がぱたぱたと揺れている。
心臓・自律神経に視神経までおかしくなっちまったらしい。ぱたぱた、ぱたぱた。

「はあ…。まじでお前ちょっとでいいから黙ってろよ。あとさっきからその尻尾がうぜえんだよ!」



(かわいくてしかたがない!)