襖が開いた先に見えた光景は、真っ白い空間。

あいつの神気と…男の匂いとが充満した空間。


唯一の色は黒。


白い寝具に両手を神気で作られた鎖で拘束され、何一つ身に纏っていない真っさらな肌に映える黒髪だけ。




「なまえ…?」




生きているのか疑わしく思えるくらい、身じろぎひとつしない様は、本人そっくりの人形なのではないかと思った。

自分の主の裸体だというのに、その美しさにただただ目を奪われた。眩い芸術作品がそこにはあった。

横たわったまま、ゆっくりと開けられた瞼からのぞいたのは虚ろな眼。黒曜石のような輝きがあったはずのそれは、見る影もなく、ただ濁っていて…




「なまえっ!」




神聖ささえ感じていた姿だったが、その瞳を見た瞬間、何もかもが崩壊した感覚だった。

暫しの間惚けてしまった自分を叱責するのと同時に、黒い感情が渦巻き始めるのがわかった。


しゃがみ込み、手を差し伸べる。



『っ、ぁ…ぃ、や』



差し伸べた手が固まった。

カタカタと身体を震わせ顔を背けられる。明らかな拒絶反応に、身体も思考も全て止まった。

だが、それを一瞬に押し留めた。

浅く深呼吸をしながら刀を出す。


主は…なまえは、俺を拒絶しない。大丈夫だ。今冷静さを失うわけにはいかない…



ーーーガキンッ!

ーーーバキッ!!



『ぁ…』

「すまない、こうするのが先だった…」




神気によって編まれた鎖を両断し、納刀する。

布をとってなまえを起き上がらせながら、覆うようにかけてやる。




『んば、く…』

「ん?」

『…まんば、くん…』

「そうだ、俺だ、主」



主、と強く呼びかければ、眼に光が戻ったようだった。


錯乱状態から、抜け出せた証だろう。


なまえは、俺を拒絶しない。

先ほどまでの虚ろな眼に、俺(山姥切国広)は映っていなかった。

拒絶したのは、恐怖(山姥切国広では無い刀剣男士)だ。

その事実に、安堵と優越感を覚える。



「布より、こっちの方がいいか」



内番服の上着を脱ごうとして…止められた。



『だめ…だよ』

「?」

『布、も…汚れちゃ…私、私…





汚ない、から』




言葉を理解した瞬間に、身体は勝手に動き、気付けば抱きしめていた。



『っ!』

「大丈夫だ、主


主は…なまえは綺麗だ。写しの俺が言っても、説得力は無いかもしれないが…」




首を横にふる主。ゆっくり、背中に腕がまわされた。




「もっと早く、こう出来たなら…すまない。遅くなって…すまない。駄目な初期刀で…」

『そん、なこと…ないっ…!』




更に首を横にふる主。背中にまわされた腕の力がさらにはいる。


何が緊急時ではないかもしれない、だ。


何かあってからでは遅い、だと?遅過ぎるくらいだ…


身体の震えは止まったらしく、そっと頭が擦り寄ってきた。俺の腕で、安心感を与えられたことに嬉しさを、直に伝わる柔らかさに不謹慎な気持ちを…兎に角理性で黙らせた。


なまえのためにも、俺自身のためにも、ずっとこのままではいられない。とにかく風呂に入れて着替えさせ、政府に連絡すべきか…





「山姥切国広。そこで何をしている」




木霊した低音に、空気も、なまえも、俺自身すらも固まった。




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