肆
襖が開いた先に見えた光景は、真っ白い空間。
あいつの神気と…男の匂いとが充満した空間。
唯一の色は黒。
白い寝具に両手を神気で作られた鎖で拘束され、何一つ身に纏っていない真っさらな肌に映える黒髪だけ。
「なまえ…?」
生きているのか疑わしく思えるくらい、身じろぎひとつしない様は、本人そっくりの人形なのではないかと思った。
自分の主の裸体だというのに、その美しさにただただ目を奪われた。眩い芸術作品がそこにはあった。
横たわったまま、ゆっくりと開けられた瞼からのぞいたのは虚ろな眼。黒曜石のような輝きがあったはずのそれは、見る影もなく、ただ濁っていて…
「なまえっ!」
神聖ささえ感じていた姿だったが、その瞳を見た瞬間、何もかもが崩壊した感覚だった。
暫しの間惚けてしまった自分を叱責するのと同時に、黒い感情が渦巻き始めるのがわかった。
しゃがみ込み、手を差し伸べる。
『っ、ぁ…ぃ、や』
差し伸べた手が固まった。
カタカタと身体を震わせ顔を背けられる。明らかな拒絶反応に、身体も思考も全て止まった。
だが、それを一瞬に押し留めた。
浅く深呼吸をしながら刀を出す。
主は…なまえは、俺を拒絶しない。大丈夫だ。今冷静さを失うわけにはいかない…
ーーーガキンッ!
ーーーバキッ!!
『ぁ…』
「すまない、こうするのが先だった…」
神気によって編まれた鎖を両断し、納刀する。
布をとってなまえを起き上がらせながら、覆うようにかけてやる。
『んば、く…』
「ん?」
『…まんば、くん…』
「そうだ、俺だ、主」
主、と強く呼びかければ、眼に光が戻ったようだった。
錯乱状態から、抜け出せた証だろう。
なまえは、俺を拒絶しない。
先ほどまでの虚ろな眼に、俺(山姥切国広)は映っていなかった。
拒絶したのは、恐怖(山姥切国広では無い刀剣男士)だ。
その事実に、安堵と優越感を覚える。
「布より、こっちの方がいいか」
内番服の上着を脱ごうとして…止められた。
『だめ…だよ』
「?」
『布、も…汚れちゃ…私、私…
汚ない、から』
言葉を理解した瞬間に、身体は勝手に動き、気付けば抱きしめていた。
『っ!』
「大丈夫だ、主
主は…なまえは綺麗だ。写しの俺が言っても、説得力は無いかもしれないが…」
首を横にふる主。ゆっくり、背中に腕がまわされた。
「もっと早く、こう出来たなら…すまない。遅くなって…すまない。駄目な初期刀で…」
『そん、なこと…ないっ…!』
更に首を横にふる主。背中にまわされた腕の力がさらにはいる。
何が緊急時ではないかもしれない、だ。
何かあってからでは遅い、だと?遅過ぎるくらいだ…
身体の震えは止まったらしく、そっと頭が擦り寄ってきた。俺の腕で、安心感を与えられたことに嬉しさを、直に伝わる柔らかさに不謹慎な気持ちを…兎に角理性で黙らせた。
なまえのためにも、俺自身のためにも、ずっとこのままではいられない。とにかく風呂に入れて着替えさせ、政府に連絡すべきか…
「山姥切国広。そこで何をしている」
木霊した低音に、空気も、なまえも、俺自身すらも固まった。
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