鯰尾達に言われるまま、執務室に来てしまった。

何もしないで戻った場合…鯰尾達がうるさくなるのは目に見えている。仕方ない、少し顔を見れたらそれで、いい。




「なまえ、少しいいか…」




返事が無い。


外出している、はずはない。ならば寝ているのかもしれない。


本当に病にかかっていて寝ているのか…いや、なまえは昼寝が好きだ。きっと午睡だ。


今までならきちんと毛布を掛けているか確認して、寝過ごさないように起こして。一度集中すると、そのまま没頭していたから、それとなく休憩を促して…今の俺では出来無いことだ。



近侍でもない、ただの山姥切。


初期刀だからといって、無断に入る気はない。もちろん、近侍だった時に無断で入ったことはない。緊急時ならば入るだろう…だが、緊急時だとは思えない。そもそも俺が今この襖の前に立っているのは、鯰尾たちの気紛れに過ぎない。


鯰尾が、主自慢のとか言っていたが、所詮俺は写し。

顔は見れなかったが戻ろうと、踵を返そうとした。


ーージャララ…


「?」



微かにだが、本丸にはまるで似つかわしくない、鎖のような音が執務室から聞こえてきた。

気のせい、で済ませることは出来無い響き。

嫌な予感が襲う。首筋を、得体のしれない何かがザワリと触れていくような感覚。




「……入るぞ」




緊急時ではないかもしれない、が。何かがあってからでは遅い。確認するだけだ。


そう決めて、漸く襖を開ける。


久しぶりに踏み入った執務室に、懐かしさが襲う。

長い間自分が使っていた近侍の文机となまえの文机がある。近侍の文机の上には出陣表や帳簿が置かれ、長谷部が使っていた形跡があるのだが…なまえのには、埃が被っている。

文机を横目に、更に奥の襖に手を掛けて…止めた。


区切られたこの先は、寝室だ。


寝起きの悪いなまえを起こす為に、何度も足を踏み入れてきた部屋。もう随分と入っていない部屋。


寝ぼけたなまえに、布団へ引き摺り込まれたことも何度かあった。その度に俺の心臓は、何故か苦しくて、暖かくて…身体も頭も沸騰したように熱くなっていた。

それが嫌であり、嬉しくもあって…久し振りの感覚に、身体が固まっていた。

そしてなにより…


気配がある。

誰かがいる…いや、なまえがいる。

鯰尾が病説を、骨喰が刀剣男士を嫌いになった説を言う中、俺の中に一瞬過ったのは…なまえもういないのではないか、という死亡説だった。

俺たち刀剣たちが、普通に生活し、遠征や出陣出来ている時点でそれはあり得ないのだが…俺は刀剣だからこそ、人間の脆さを知っている。

だが、死亡説が過ったほどに、なまえの気配が感じられなかったのも事実だ。執務室の更に奥、寝室から一歩も出てないから、仕方ないことかもしれない。この時の俺は、そう思っていた。

人間ならまだしも、刀剣の付喪神であり、減ったとは言え戦場に立つ刀剣男士だというのに。気配を察知出来なかったのか、と後になって疑問となり、解決したのだが。




「……入るぞ」



ただちゃんとそこにいる。


安堵しきっていた俺は、執務室に入る時と同じ言葉と共に、再び襖を開けた。





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