「メロンパン買ってこい」
「えっ、メロンパン?」
 いつもみたいに相坂に命令すると、相坂は目を丸くした。
「焼きそばパンじゃなくて?」
「朝テレビでメロンパンの特集やっててさー、めっちゃメロンパンの気分なんだけど。いつもの焼きそばパン凄い美味いから、同じ店ならメロンパンも凄い美味いんかなって」
「そっかあ……」
 今日はいつになく渋る相坂は様子がおかしい。
「俺の命令聞くの嫌になった?」
「ううん、そんなんじゃないよ。ただ、今日はメロンパン、普通のになっちゃうかなあ」
「ん、そうなんだ?」
「うん、ごめんね。とりあえず買ってくるね」
 そうして相坂は行ってきますのキスをしたから、俺も行ってらっしゃいのキスをした。

 休み時間ぎりぎりで戻ってきた相坂が持ってきたのは、コンビニで売られているメロンパンだった。わざわざコンビニまで買いに行ったんだ。
 そういえば、いつもの焼きそばパンはどこのメーカーとかも買いてなかった気がする。
 昼休みの購買で売ってるのかと見てみた事もあるけど、焼きそばパンは売ってなかったんだよな。
「ただいま、ごめん、遅くなっちゃって」
 走って来たのか軽く汗ばむ相坂は、ハアハアと肩で息をしていた。
「おかえり、次サボって食おうぜ」
 相坂はいつも余裕そうにしてるから、今日はパシらせてる感が強いし、サボってパン食べるなんてヤンキーっぽさが増し増しだ。
「うん、いいよ」
 相坂が手を握るから、俺はそれに引かれて歩いた。

 屋上は昼休みが終わると一旦施錠されてしまう。
 その代わり、ピークを過ぎた食堂はガラガラになるので二人で食堂の隅っこの席に着いた。
 いつもみたいに相坂の膝に座って、相坂に食べさせさせて。
 ふかっとしたパンとカリッとした甘い上の部分がまあまあ美味しい。
 でも、期待した程じゃなかった。
「ごめんね、もっと美味しいメロンパン用意できなくて」
「んー、なあ、焼きそばパンっていつもどこで買ってくるんだ?」
「それは企業秘密」
「なんでだよ、俺も焼きそばパン、休みの日とか帰りとかに食いたいのに」
「ふふ、そっかあ」
 相坂は笑って誤魔化すけど、結局焼きそばパンを売ってる場所は教えてくれなかった。
「乃江くん、明日は美味しいメロンパン買ってくるから、明日もメロンパンでいい?」
「いいよ」
「良かった。あ、パン付いてる」
 相坂はいつもみたいに口元をなめとった。
「いつもはソースでしょっぱいけど、今日は甘いね」
「メロンパンだからな」
「甘い乃江くんも美味しいね」
「ん……」
 なんかおかしな事言ってるように聞こえたけど、相坂に酸素を奪われてあんまりよく考えられなかった。

ー放課後ー
 企業秘密とは言われても、気になるものは気になる。俺はこっそりと相坂の跡を着けた。
 どこでパンを買ってるのか、絶対突き止めたい。
「ってあれ……」
 相坂が入ったのは、帰り道にある普通のスーパーだった。でも確かにスーパーでもパンは売ってるからな。意外な穴場なのかもしれない。
 それからも俺は気付かれないよう相坂の跡を追ったけれど、相坂は携帯を見ながらあちこちを歩き回って、結局パンコーナーには立ち寄らなかった。
 立ち寄るのは薄力粉や砂糖を置いているところや製菓コーナー。そこまで見れば、俺だってなんとなくわかる。
 俺は先にスーパーを出て、家に帰った。

 次の日、昼休みになって相坂を眺めた。
 きっと間違いなく、そうなんだろうと言う確信を持って見ると、相坂の横顔に色々なものを思った。
 こいつって本当に、凄いやつだ。
「なあ、相坂、焼きそばパン買ってこい」
「えっ」
「嘘。メロンパン、食べたい」
「うん、じゃあメロンパン、買ってくるね」
 俺の意地悪にびっくりして、ホッとして、キスをして。
 相坂って可愛いやつだな、なんて初めて思った。
 それから五分もしないで戻ってきた相坂と屋上のいつものベンチに行った。
 相坂が袋から取り出したのは、カリカリに焼き上げられたよく見るメロンパンと、チョコチップ入りのメロンパン。
「はい、あーん」
「あ」
 いつもみたいに相坂の膝に座って、口に入れたメロンパン。昨日食べた市販品より柔らかくて、程よい甘さで、どこまでも俺好みの味。
「美味しい?」
「ん、すげー美味い」
 良かった、と笑う相坂が、可愛く見えて仕方ない。
「な、相坂。このパン、相坂が作ったんだろ」
「え……」
「焼きそばパンも相坂が作ったんだ?」
 俺が聞くと相坂は固まってしまった。
 メロンパンを食べさせる手も止まったから、俺は相坂の手を掴んでまた一口食べる。
「違う?」
「……そう、そうだよ。あはは、バレちゃった」
 相坂の反応は俺が想像したのとは違った。もっと、ドヤってくるのかと思ったのに困ったように笑う。
 パンを作ったのは確からしいのに、知られたくはなかったらしい。
「ごめんね。手作りなんて気持ち悪いよね」
「なんで? 美味いって言ってるじゃん」
 メロンパンの最後の一口を食べて、相坂の指についた砂糖も舐めとる。
「ん……」
 不意を突かれた相坂が珍しく声を上げた。
「相坂、俺の為にパン作ってくれたんだろ? しかも毎日。相坂、どんだけ俺のこと好きなんだよ」
 俺は相坂の膝を跨いでベンチに膝立ちになり、相坂に向き直った。相坂の顔は赤くなって、照れているらしい。
「なんで相坂のパンが美味いのかわかったよ。愛情たっぷりだからだよな」
「もう、からかわないでよ……」
 動揺している相坂なんて珍しいから、頭を揉みクシャにしてやる。照れて困り顔の相坂は、嬉しそうに笑った。

 そのあと相坂に、「自分の作ったものを好きな人に自分の手で食べさせる」フェチと打ち明けられたので、朝昼夜全て相坂の手作り飯を相坂に食べさせられるようになった。
「あー、これ太る」
「美味しそうな乃江くんは、僕が食べてあげる」
 相坂が意味深な発言をしたけれど、俺は食後の微睡で、あんまり意味もわからず「そうだな」と呟いた。

終わり

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