※不快な表現の可能性があります※
口の中に入れたそれを舌の上でころころ転がす。うっかり飲み込まないようにしなければ。
うっかり飲み込んでしまったところで自分の身体の一部になるだけなので、なんら問題はなかったが。
ふと、時計に目をやり、そろそろ時間だと気付く。
口の中に入れて味わっていたそれを布の上に吐き出し、丁寧に拭ってケースにしまう。
白い歯が四つ。それを抜いた時の事を思い出して、にやりと笑う。
金髪に黒マスク、赤地に黒い文字の入ったパーカーはどこか禍々しい。下は厚手のスウェットで、どこもかしこも不良らしい出で立ちだった。
赤坂晴翔(あかさかはると)は歯医者の前でウロウロとしている。怪しい行動に、近所の主婦がヒソヒソと怪訝そうに話している。
マスクで隠した口元。前歯は四本欠けており、処方された痛み止めが無くなって二日経った。
耐えられないほど痛いわけではないが、夜寝る時にはじんじんと痛んで中々眠れなかった。
眠れないのは痛みだけが原因でもないが。目を瞑ると網膜に焼き付いた、あの男の笑顔が浮かび上がった。
麻酔もほどほどに、抜けかけのものと、それとは別に三本もの歯を抜かれた。痛みと恐怖が見せた幻覚かもしれないが、あの医者は心底楽しそうに目を細め、きらきらと輝いた瞳をしていた。
気絶して目を覚ました後も酷いものだ。抜いた歯を銀の皿のような器具に乗せ、それを抜かれた本人に持たせての記念撮影。
普通の感覚ではない。ああいうのをサイコパスと呼ぶのだろう。
そんな、マッドサイエンティストならぬ、マッドドクターのいる歯医者の前でウロウロする晴翔は真性のマゾとかそういうわけではない。
無くなった四本の歯の隙間を誰に見せることも出来なかった。こんな、あり得ない話を、警察にも他の歯医者にも言う気になれなかった。
昨日も歯医者の前までは来たが、遂に中に入る勇気もなく家に逃げ帰る。
時間が経てば経つほど、このすっからかんの前歯はどうなってしまうのか、不安だけが募る。
やっぱり、今日は帰ろう。こんなの、普通あり得ない。警察に通報するべきだ。それが一番正しいはずで……
「やあ、待っていたよ」
気配もなく背後に現れ、そっと首の付け根に触れる。ひんやりとした手と、低く落ち着く声。
晴翔は悲鳴すら出なかった。息が詰まり、心臓が止まるかと思った。
硬直した身体で、ぎこちない動作で顔を動かす。
マスクをしていないその男は整った顔立ちで、爽やかな笑顔をしている。間違いなく、イケメンの医者だと好かれるだろう。
なんなら、抜歯されたことすら忘れて見惚れてしまいそうになった。
「入ろうか」
決して強制的な力はないのに、背中を回して反対側の肩に置かれた手が有無を言わさず晴翔を建物に誘う。
蛇に睨まれたカエルのように、丸呑みにされるのがわかっていながら動けなかった。
続く
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