ネットでにわかに話題の動画があった。それは短いアニメーションで、落書きのようなものだった。
 なにもない真白の空間で、青いウサギが言った。死にたい。
 場面が変わる。白いウサギが椅子の上に乗り、上から垂れ下がるロープに首をかける。椅子を蹴倒し、白いウサギは宙で揺れた。
 青いウサギが言う。死にたい。
 白いウサギが水槽を見つめる。遠くには首を吊った白いウサギのようなものが見えた。白いウサギが水槽に顔をつける。いつしか泡が途絶える。
 青いウサギが繰り返す。死にたい。
 白いウサギは増えていく。飛び降り、首を切り、ガスを吸い、電車に飛び込み、頭に銃を突き付けて。
 その動画は毎日、あるいは数日おきに、あるいは数分ごとに、不定期に更新された。
 何度か動画が削除されるが、誰かがコピーをまた投稿したし、気がつくと更新されたアニメーションが上がっている。
 動画にタイトルは書かれていなかったが、ファイル名に「ten」と付けられていた。
 動画のファンは囁く。「tenは次に、どうやって死ぬのかな」


「天(テン)、またそんなもの書いてるの」
 首を這う低温のその指はまるで蛇みたいだと、天はいつもそう思っていた。
「天、おいで」
 パソコンの前に座っていた天に、昊(ソラ)が言う。天はパソコンをシャットダウンして、昊の後ろを付いて歩いた。
 太陽みたいに眩しかったのに。
 天はそう思った。自分の名前に日(太陽)がついた、その人はかつて太陽のように眩しかったのに。
 いつだって付いて歩いたその背中を見て思った。
 いつから太陽は消えてしまったのだろう。

「はあ、あっ、あ」
 中に熱いものが吐き出される。身体の中がソレで満ちるのに、頭や心や、そんなものはいつも空っぽだった。
 どこにもなくなってしまった。
「天」
 名残惜しげに、昊が背中を撫でる。ずるりと引き抜かれる感覚が気持ち悪かった。蛇が身体から抜け出ていくようだった。
 ベッドに横たえたままの天の頭を、昊が撫でる。一つ撫でて、それから部屋を出て行く。
 天はそれから徐に起き上がる。足を伝う白濁を手で拭い、着ていたシャツに擦り付けた。
 パソコンの前に座り、再び画面を戻す。白いキャンバスで白いウサギがまた死んだ。

 tenの動画はわずか数秒のシーンが何度も繰り返されていく。それはいつしか30分を超えるものになっていた。
 そこに至るまでの歳月は、3年にも及んだ。
 天はその動画を最初から見返すことはなかった。白いウサギを殺すことで、天の記憶を殺してきたからだ。
 昊は兄だった。

「天」
 昊の指が首に纏わりつく。
「天」
 重ねられた唇が酸素を奪う。
「天」
 どこにも逃げられやしない。
「天」
 言葉さえ失った。
「天」
 囁かれる戯言に目眩がする。
「天」
 身を引き裂かれるような痛み。
「天」
 脳は考えるのを辞めた。
 白いウサギは、次にどうやって死ぬのかな。

「天」
 昊が天を呼んだ。
 天はなにも言わず昊に従う。
 その後ろで、白いウサギが睨みつけた。
 いつか白いウサギになるのを夢見た。

終わり



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