「お前、これから魔法禁止な」
 先生が言った。先生は俺のクラスの担任で、三十路入りたての良い大人感が滲み出始めた良い具合な男だった。
「……は?魔法禁止とか無理っスよ」
 放課後の教室、帰りのHRが終わって早々に帰ろうとしたところを先生に呼び止められたと思ったらこのザマだ。
 魔法禁止だなんて!
「最近遅刻も目立つしな。どうせあちこちでむやみやたらに魔法やってんだろ」
「う……」
「図星か。遅刻に授業中の居眠り、小テストの成績も散々。他の先生方に散々言われてんだよ。だから、魔法禁止な」
 たしかにここのところ、魔法の無駄打ちをしていた。覚えたての魔法を試したかったし、やるとスッキリするんだ。ついやり過ぎて徹夜する事も少なくない。
「そんなー……思春期真っ只中の男子高校生に魔法禁止なんて酷すぎますよ!だいたい、いつまで魔法禁止なんスか?」
「一週間」
「一週間?!そんな魔法我慢したら俺の杖爆発しちゃいますよ」
 俺は切羽詰まっているのに、先生はケラケラ笑うばかりだった。
「大丈夫だって。ほら、杖出せよ」
 先生は俺の腰をツンツンと触って促した。校則で杖の提示を命令されたら従わなければいけないから、俺は渋々杖を取り出す。
「ったく、だらしない杖してんな。ちゃんと毎日磨いてんのか?(手)垢だらけじゃないか」
 先生が俺の杖を撫でた。たしかに、手入れを怠っていたかもしれない。けれどそんな言い方ってない。
「……臭いもきついな」
「ちょ、臭いなんかかがないでくださいよ」
 先生は俺の杖に鼻を近づけて、スンと臭いを嗅いだ。くそ、こんな事なら風呂に入った時に適当にでも洗っておけばよかった。
「ほら、持ってな」
 先生に手を握られ、俺は杖をしっかり支え、先生に差し出すように掲げた。
 先生が取り出したのはピンクのリボンだった。それを、先端を包むようにしてから綺麗にクルクルと巻いて、杖の中程で可愛いちょうちょ結びを作る。
 最後に先生の杖でちょんと叩いて、それは完成した。
「はは、可愛くなったな」
 リボンの巻き付けられた杖は随分と可愛らしい装いになった。けれど、先端は塞がれ、中程のちょうちょ結びもきつくしてある。最後に触れたのも魔法をかけているだろうから、これを外す事は出来そうもない。
「これで嫌でも一週間、魔法禁止だ。ちゃんと我慢しろよ?」
 先生の指が杖の先端を撫でる。魔法禁止は始まったばかりだというのに、俺の身体は魔法を出したくて疼いていた。

「はあ……せんせ、俺、ほんともう無理……」
 ようやくの一週間だった。それは長い長い時に思えた。
 初日は魔法禁止が慣れなくてどこかムズムズしたが、我慢できない事もなかった。2日目、3日目はまだ諦めもついた。ところが4日目になると、他人がやっているところを見て自分もやりたくなってくる。5日目には魔法が出せなくてイライラが募った。昨日なんて地獄のようで、なんとかリボンを外せないかと引っ掻いたりハサミを使ってもダメだった。そして今日になって、解放される事ばかり考えていた。
 放課後になってからな、そう言う先生を恨みがましく見つめて歯噛みしながら時間が過ぎるのをひたすらに待った。
 ようやくだった。ようやく解放される。俺は放課後に入ると掴みかかる勢いで先生に迫った。
「わかったわかった」
 ちょっとこれだけやって、先生はそう言いながら日誌に目を通す。でも、そんなものとてもじゃないけど待てない。
「先生!俺もうほんと無理、先生、お願いっ、これ外してよ先生!」
 俺は日誌を弾き飛ばして先生に縋り付く。もう限界だった。早く、早く魔法を出したい。
 すると先生は、フッ、と小さく笑った。
「まあ、お前にしちゃよく我慢したな」
 先生は俺の頭を撫でる。そんなのいいからリボンを外してと、俺は先生に杖を擦り付けた。
 先生の指が杖の先端からなぞるように、焦らしながらリボンを辿る。俺はそれを食い入るように見つめるしか出来ない。
「しっかり構えてろよ?」
 先生が俺の耳に囁き言った。先生の指が結び目に触れると、リボンはするすると解けていく。
「あ、あ、ああっ……!!」
 俺はそれだけで魔法を出してしまった。真っ白い光りが噴出して、当て所もなく宙を漂った。
 一週間ぶりの魔法は快感で、出した魔法の感覚で身体がびくびくと震えた。
 杖を通り抜けていく、手の中で小さく波打つような、耐え難いほどの感覚。こんなに魔法を出す感覚を味わったのは初めてだった。
 普段だって何も考えず魔法を出すのは気持ちよかったけれど、待ち望んで、ためにためた魔力を一気に解放する。
 あまりの衝撃に惚けていると、先生の手が俺の杖を握った。
「一回で終わらないだろう?」
「ああっ、だめっ、先生っあああっ」
 ビシュッ!意に反して二回目の魔法が出される。強い衝撃に浸る暇もなく、先生の手が杖を擦って次を促した。
「いっぱい我慢してたもんな?ほら、出し尽くせ」
「んああ、やだあっと、まんな……止まんないよっっ」
 次から次へと魔法が打ち出される。白い光が教室中に舞った。杖も身体も震えて、それでも止めどない魔法を繰り返す。
「も、でなっい、出ないよ先生っ」
「まだ出るだろう?」
 先生が杖の先端に爪を立てる。強い刺激に、一際杖が震えて長い長い魔法の放出がされる。
 魔力が尽きてカクンと力の抜けた俺は先生に支えられながら床にへたり込んだ。
 ハアハアと肩で息をしながら、俺は余韻と言うには強烈すぎる痺れに何も考えられなかった。
 そんな折、先生は先生の杖を取り出した。使い込まれて色の濃い杖だった。節が目立って、大人の杖だった。
 先生はその杖の先端を、俺の杖の先端につける。
「んえ……?せん、せ……?」
「大人の魔力、感じさせてやるよ」
 先生がにやりと笑った。それを理解する前に、事は始まる。
「あっ……!ああっっっひ、っい、」
 杖の先端から先生の魔力が逆流してくるのを感じた。熱くて、力強い魔力だった。
「ふっあ、あ、先生、熱い、よ、」
 杖が熱い。身体がガタガタと震えてるのを、先生が俺の手をしっかり握って抑えた。
「せんせ、も、無理だよっ……もう入んないよっ」
 先生の魔力は量が違った。大人ってそうなのだろうか?それとも先生も、俺が我慢してる間、我慢していた……?
「まだ半分も入ってないぞ」
「あっ、あ、も、もう無理だ、出る、出ちゃう、でちゃ……んああああっ」
 ビュルルルル!
 逆流する先生の魔力を押し返して、俺の杖の先端から魔法が吹き出した。それは長く長く、力強く続いた。終わらないのではないかと思うくらい、長く続いた。

「は、あ、あ、……ん、俺、もうしばらく魔法、いいや……」

 俺はそれからしばらく、その時の感触を忘れられなかった。

終わり


これはただの魔法です。光魔法です。教室中めっちゃピッカピカです。眩しいです。超健全です。

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