西園寺の才能に嫉妬した。
 何もかもが完璧の超人。勉強させれば全国トップ、スポーツさせればファンタジスタ、歌を歌えば天使の音色、絵を描けば心を揺さぶり、文を書けば脳に刻まれる。見た目だってミケランジェロの創り上げた彫刻かのごとく、眉目秀麗、万人に愛される顔立ちで、笑えば花が咲き泣けば虹がかかる。もはやなんの話かわからないが。
 神様が自分の伴侶にするために生み出した完璧超人なのでは?と思うこともある。
 西園寺は、そんな男だった。
「全国模試でまた一位?凄すぎんだろ」
 校内新聞にでかでかと書き出された、全国模試の結果。毎週更新される校内新聞には、毎週西園寺の栄光を讃える記事が掲載されていた。
「俺、そんなに凄いやつじゃないよ」
 隣で一緒に記事を見ていた西園寺が言った。
 なんの因果か、おれと西園寺とは幼稚園からの幼なじみで、隣の家同士家族ぐるみで付き合ってきた。
 殆ど同じ時間を過ごし、殆ど同じものを食べ、殆ど同じ環境で育ったはずなのに。おれは全国の高校生男子を全て足して割った、正に平凡オブ平凡の、平々凡々な高校生男子でしかない。
 いったいどこでこんなに差がついたのか、不思議でならなかった。
「いやいや、お前が凄い奴じゃなかったらおれはなんなの?ミジンコ?ゾウリムシ?お前は凄い奴だよ。西園寺の才能にまじ嫉妬するわ」
 いつものように軽いノリで軽く自虐を挟みながら軽く言うと、西園寺はいつものように困った顔で悲しそうにした。
 ああ、もう、全くしようのない奴で。
「西園寺」
 同じものを食べ、同じ時間を過ごし、同じ環境で育ったのに、どうしておれは165センチ止まりで西園寺は185超えの長身なんだろう。
 おれが呼びながら手を伸ばすと、西園寺は頭を下げておれの方に向ける。
 ちらっと見えた顔が嬉しそうで、犬っぽい。
「偉い偉い。お前はほんと、凄い奴だよ」
「本当にそう思う?」
 嘘でも皮肉でも社交辞令でもなく、おれは本当に西園寺のことを、凄いと思っていた。
「本当だよ。生まれてこの方、西園寺以上に凄いやつ見たことない。すげー、凄い奴だよ」
 頭をわしゃわしゃと撫でてやると、悲しんだりむくれたり、不機嫌な西園寺もすぐに笑顔に戻る。
 目をつぶって、口元を緩ませて、ほんと、だらしない顔だこと。
 西園寺なら、もっとたくさん、もっと色んな人から、おれなんかじゃ言い表せないような最高の賛辞で褒められるだろうに。おれなんかに褒められるのが嬉しいだなんて、変な奴だ。
 完璧超人の西園寺の、そこだけが欠点かもしれない。
「俺はね」
 いつもより少し長めに撫でていると、おれの手に手を添えて、西園寺が呟くように言った。
「本当は、本当にすごくないんだ。普通なんだよ」
 そんなわけないだろ、と言いたかったが、西園寺がまだ言葉を続けそうだったからおれは言葉をグッと堪える。
 わしゃわしゃと頭を撫でていた手も止まってしまう。
「俺、すごく好きな人がいて。その人は俺が頑張ると、いつだって褒めてくれるんだ。俺はそれがなにより嬉しいから、いつだって、なんだって頑張れるんだよ。俺の好きな人に、俺のことを見て欲しくて、いつだって頑張るんだ」
 そうか、西園寺にも好きな奴がいたんだ。その相手も、どんな完璧超人なんだろう?いつも一緒にいたけれど、見た事もない。西園寺の、好きな人。
「普(アマネ)」
 西園寺が俺の名前を呼んだ。西園寺は幼稚園の頃から、ずっとおれのことを名前で呼ぶ。
 おれも幼い頃は、西園寺のことを名前で呼んでいた。でも、いつからだろう。中学の頃くらいには、西園寺を名前で呼んでいた。
 何でも出来る西園寺と、そうじゃないおれと、格差を感じていた。仲良く出来ていたはずなのに、西園寺の才能に嫉妬して。気付けば名前すら呼べなくて、本当はそばにいるのだって、怖かった。
 西園寺のそばにいれば、おれはいつだって比べられる。完璧超人の西園寺と、平々凡々なおれと。
「俺の才能に嫉妬するって思ってる?」
 西園寺の手がおれの手を握った。大きくて、節があるのに、柔らかくて、綺麗な指だった。
「思うよ。いつも、お前に嫉妬してる。だって、全然敵わないくらい、凄いんだもん」
 嫉妬した。嫉妬するぐらい、西園寺は凄いやつなんだ。努力家で、向上心があって、前向きで、くじけても何度だって立ち上がる。だから西園寺は、こんなにも凄い奴だって、それを一番良く知るのは、おれだ。
 すると、西園寺は笑った。
「普に教えてあげる」
 西園寺はおれの手を握って、覗き込むようにまっすぐにおれの目を見た。なんだか、告白されるみたいでドキドキしている自分がいた。
「全部普のためなんだ」
 全部?おれの?あたまがぽかんとしてよくわからなくなった。そんなおれの指に、西園寺が軽く口付ける。
「俺のこと、ずっと見ていて。普」

 理解するのに時間がかかった。きっと西園寺なら一瞬で把握できることを、おれは重たくて動きの遅い脳みそで一生懸命考える。
 それから、カッと顔が熱くなる。
「やっぱり、西園寺は凄いやつだよ」
 褒めて欲しいからって、見てて欲しいからって、いつか空でも飛べそうなくらい頑張れる西園寺は、凄い。
 そんなに人を好きになれるなんて、凄い。
「おれも……真似してみようかな……傑(スグル)」
 まずは誰かを好きになるところから。
 そうしたらいつか西園寺……傑みたいに、おれも少しは凄いやつになれるだろうか。
 傑を見ると、少し目を潤ませて、破顔して笑った。
「俺にとって普はいつだって、凄い人だよ。だって、こんなに俺の心を鷲掴みにして、こんなに嬉しい気持ちにしてくれる」
「わ、」
 言いながら傑がおれに抱き付いてきた。
 そうか、名前を呼んだのは中学生の頃以来。名字で呼ぶ、おれの作った小さな壁が、少なからず傑を傷つけていたのかもしれない。
 そう思って、引き剥がせそうにない傑の頭と背中を撫でると、もっとぎゅっと抱きしめられた。
 傑の、ここまで思ってくれる気持ちには勝てそうにない。だって傑は誰より凄い奴だから。それをおれが真似したら、傑の次くらいには凄いやつになれそうな気がした。

終わり


『西園寺傑×平沢普ようやく結ばれる!!』
 翌日号外として張り出された校内新聞に、おれは呆然として立ち尽くした。そりゃ、昨日のやり取りは全部、廊下の公衆の面前でやっていたことだけれど。校内新聞の記事にされることなのか。
 ようやく、の文字に目が止まる。
 つまり、傑はずっとおれを好きでいてくれて、それは公然の事実で、それに気付かなかったのはおれだけだったという事か。
「普と一緒に新聞になってるね」
 それを嬉しそうに言う傑。おれは喜んでいいのかわからなかったがらまあ、祝福されているならいいのだろうか。
「なあ、このばってんなんなんだ?名前の並列なら・なんじゃないのか?」
 おれはふと疑問に思い、新聞の×のところを指差した。
 すると珍しく、傑がおれの頭を撫でる。
「気にしなくていいと思うよ。間違ってないし」
「そうなのか?じゃあいいけど」
 傑が満足そうに笑っているから、おれはそれで十分だった。
 喜ぶ傑を、おれは見ていたいから。

終わり

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