胸くそ悪いです


 彼の出自は下卑な金持ちの過ぎた道楽だった。
 秘密クラブの奥底に存在する、檻で人を飼う享楽の場。そのためだけに飼われた女を、常連どもは孕ませ産ませた。
 一夜に常連たち、檻の犬たち何人もの精液を受けさせたもので、誰が父親かはわからない。まるでロシアンルーレット。当たりが出るまで繰り返し、殺すのは女の心だった。
 やがて女は子を宿し、絶望から何度も自殺を図った。子を産む時には、ベッドに四肢を拘束され、猿轡を咬まされ、鳥籠を模したショーステージの真ん中で。
 産まれた子に与えられた名は零(ゼロ)。やがて彼は、この鳥籠の支配者となった。
 店長、そう呼ばれるようになって10年が経っただろうか。
 今日は彼も知らない彼自身の誕生日。最高のプレゼントを用意してあげた。

 カチン。鳥籠の真ん中にオレンジのライトが灯る。その下には、妊婦を乗せる台に拘束された店長の姿。
 いつもの着流も乱れてはだけ、拘束によって大きく開かされた両足の、先の暗がりも明かりに曝された。
「おお……これは……」
「これはまた懐かしい……」
 ステージの外から歓喜の声が上がる。零が店長となって、それを惜しむ声は少なくなかった。
 彼が生まれる時から見守り続けて来た常連たちが、興奮しているのを肌で感じる。
「さあ、今宵は彼の誕生日。忘れられない日にしてあげたいと、私はそう思いました。そうそう、ご紹介が遅れました。私はこちらで専属医師をさせていただいております」
 店長の手となり足となり、店の裏方として尽くしてきた。その傍ら、ずっと探してきていた物がようやく見つかった。
 それが嬉しくて、顔がにやけてしまうのを止められなかった。
 店長の、否、零の表情が曇る。
 このショーステージに、こうして上がるのは久しぶりだから。騙してしまって申し訳ないね。
 享楽は、これから始まる。
 ガラガラガラ。暗がりに布をかぶせて置かれていた台を引き寄せる。
 まるで手品のよう。驚いた顔が、楽しみで仕方ない。
「零、君に最高の贈り物を用意した」
 頭の中でドラムロールを鳴らし、布を捨て去る。そこに現れたのは、右手右足、左手左足をそれぞれ拘束され、正座の格好から動けないでいる全裸の男。
 探すのには途方もない、それは正に10年もの歳月をかけた。
「君の、父親だ」

 どくん、と零の瞳が見開かれる。
「ここに、DNA鑑定の結果があります。この10年間、私は零の実の父親を探してきました。さあ、零。父親との再会だ」
 零の、遺伝学上の父親は零の15歳年上だった。
 彼の経歴を調べると、面白いことに以前にこの鳥籠に飼われていた事がわかった。零が生まれる少し前に常連の一人に買われてしまった。とはいえ、自分が父親であるとも思わなかっただろう。
 飼い主を転々とし、つい一週間前にこの店に売り戻された。私は新人や新客が来るたびにDNA鑑定を行ってきたが、そして遂に辿り着いた。
「これは運命だ」
 そう、思わずにはいられなかった。

「零、君の中で、君の兄弟たちが死んでいくのを、感じるといい」


ーーーー
 とある完全会員制高級クラブの地下で、火事が起きた。世間への報道は揉み消され、事件は内々に収束を遂げた。
 けれども、人の口に完全に戸をすることは出来ない。
 実しやかに、こう囁かれていた。
『完全会員制高級クラブの奥底には、人を人とも思わない秘密クラブがあった。そこの店長がある日突然狂い出し、自ら店に火を放ったらしい。その焼け跡には、手錠や足枷をつけた複数の大人や子供が、寄り添うようにして発見されたとか』
 それが不幸な終わりか幸福な終わりか、当人達以外に知る由も無い。

終わり


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