「湖鳥」
 あいつが呼んだのを無視し続けていると、ついには肩を掴まれ力任せに押され壁に背中を打ち付ける。
「話が違う」
 何もかもを手にしながら俺に確執する、そこだけが唯一の欠点だと思う。そんな彼が静かに怒りを湛えながら、俺を睨み付けた。
「付き合うと約束した」
 肩に爪が食い込むほど力を込められ、思わず顔を顰める。
「約束した、けど」
 言い淀むと、彼はなにも言わず俺の言葉を待った。きっと彼にとっての正解でなければ許されないだろう。そんな空気に押しつぶされそうなほどの威圧を感じた。
「俺は人との付き合い方なんて、知らない」
 ずっと一人でいたし、ずっと一人でいるつもりだった。だから、付き合うなんてどうすれば良いのかなんてわからない。
「だから僕の事を避けていたのか」
 彼の手の力が少し弱まる。ホッと力を抜いてから、緊張で全身が強張っていた事に気付く。
 最近はずっとそうだ。彼が視界に入るたび、距離が詰められるたび、頭も身体も強張って鈍くなる。
 近寄らないで欲しい。君の欲しい言葉なんてわからないから。君の欲しい俺なんてわからないから。だから、それ以上近寄らないで欲しい。
 今だって、なにを言えば良いのか、なにもわからない。
「それに」
 俺は未だ抱えている蟠りを、喉まで込み上げていたそれを溢した。
「やっぱり、無理だよ。身体は確かに反応した。けれど、君が俺を好きになるなんて、ずっと好きでいてくれるなんて、そんな事想像もつかない。眼に浮かぶのは、飽きて嫌気がさして捨てられるだけの俺だ」
 今だってきっと、こんな俺に嫌気がさしているのではないか。そう思うと顔も上げられなかった。
 いつか嫌われる事が分かっているのなら、これ以上傷付かないよう、ここで終わりにする方が良いに決まっている。
「湖鳥」
 彼は俺の顔の横に腕をつき、耳に触れそうなほど近くで言葉を綴る。
「確かに君のそんなところに嫌気がさすかもしれない」
 ほら、やっぱり。
 その言葉に俺はホッとしていた。嫌われるかもしれないと不安を持つより、嫌われるだろうと、断言された方がよっぽど、気安い。
「でもそのたびに、僕はこうして、君の脳の奥底に、僕がどれだけ君を好きでいるか囁いてあげよう」
 力の抜けた身体に、敏感な耳に熱い吐息をかけられビクッと跳ねる。俺にとっては不意打ちだった。心臓が一気に早まり、今与えられた熱が一瞬で身体を駆け巡る。
「覚悟するといい。君が僕に捨てられるなんて不安を持つたびに、僕は君の脳に深く強く、愛を刻み付けるのだから」
 それは到底、愛の囁きには思えなかった。背中がゾッとして、これはもはや、恐怖。
「湖鳥、愛しているよ」

終わり



このあとめちゃくちゃ囁かれた。
「好き、愛してる、可愛い、においやばい、においだけで3回イける、地球の裏側で目隠しして放置されても湖鳥の匂いで湖鳥のところまで行けると思う」
「……俺はそんなに臭いのか」
「どっちかと言うと、僕にだけ感じるフェロモン」

終わり!

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