最初は単なるあてこすりだった。
 なにをしても視界の隅に入り込む、少し目障りなあいつ。一人ぼっちのくせに、楽しそうにするでもなければ寂しそうなわけでもない。ただそこにいるだけなのに、心が引っかかる。
 そんなあいつをからかうつもりで声を掛けていたのに、気付いたらあいつの事ばかり考えていた。
 そうして告白までしたのに。
「湖鳥(コトリ)、勃起したら付き合ってくれるって約束だったろ」
「君が勝手にそう言っただけじゃない」
「湖鳥が勃起しないなら恋愛対象外だって言ったんだ。勃起したんなら、僕は恋愛対象だろ?」
 廊下をずんずん突き進む湖鳥を追って僕もずんずん突き進む。と、湖鳥が階段手前でくるりと振り返る。
「君みたいなイケメンが簡単に勃起とか口にするな!」
 湖鳥でもこんな大声出すことあるんだ、と妙に感心した。その一方で、僕は少し腹が立って、大声で言い返した。
「でも湖鳥が勃起したのは事実だろ!」
 すると湖鳥は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせる。見た事もない表情に、僕は胸がときめくのを感じた。
「それはっ」
「はいはいはいそこまで。お前ら言論統制かけるぞ」
 湖鳥がなにか言いかけたのに、現れた教師がそれを止めてしまう。
「先生、邪魔しないで下さい。これは僕と湖鳥の問題です」
「喧嘩するのはいいけど、大声で言うもんじゃないだろ」
「でも湖鳥は事実、ぼっーー」
「はい。それまで」
 先生に顎を掴まれ、僕は言葉を遮られた。権力に屈してしまうのは悔しい。が、今は諦めるしかない。
「湖鳥、帰ろう」
「う、うん……」
 僕は湖鳥の腕を掴み、その場を後にした。
「……あ、そう。一緒に帰るのね」
 後ろで教師がぽかんとしながら言うのが聞こえた。当たり前だ、僕たちは付き合うのだから。

 駅のホームで電車を待ちながら湖鳥に聞いた。
「どうして、僕と付き合ってくれないんだ」
「再三繰り返すようだけれど、俺が君を好きになる事も、そもそも君が俺を好きだという事も、あり得ない事なんだよ」
 湖鳥はそればかり繰り返す。なぜあり得ないのか。僕は実際に湖鳥を好きになっているのに。
「君が俺に抱いている感情は、一過性の、思春期特有の勘違いに過ぎないんだよ。だから、俺なんかにうつつを抜かすより、女子と向き合った方が断然有意義だと思うよ」
 はなから否定する湖鳥に、僕は不満だった。少しも、微塵の欠片も可能性はないと、頭ごなしに言う。そんな否定の湖鳥を否定したい。
 その時ちょうど電車が来て、帰宅ラッシュにかち合った僕たちは車内でぎゅうぎゅうともみくちゃにされた。
 僕と湖鳥は完全に密着して、離れる事も出来ない。僕とドアとの間にいる湖鳥を押しつぶさないよう、腕を支えに空間を作る。
 それでも、今すぐにキスでも出来そうなほど近くに湖鳥がいた。
「じゃあ、ここで確かめよう。本当に一過性のものに過ぎないのか」
「ま、また……?」
 先日のそれを思い出したのか、湖鳥が眉を顰めた。
「この状態で直接性器に手は触れず、互いに性的興奮を覚えたら。それはもう、勘違いでは済まされない」
「そんなの……」
「今度こそ約束して。僕が湖鳥に、湖鳥が僕に性的興奮をしたら、付き合うって」
 湖鳥は少し悩んでから、こくんと頷く。
「しなかったら、金輪際俺なんかに目を向けないで」
 どうしてそこまで否定したがるのか、僕には理解出来なかった。けれども、結果を出せばいいだけのこと。
 僕は湖鳥のうなじに顔を寄せた。ほんの数ミリだけ離して、ほとんど埋めるように。匂いだけで、僕には十分だった。
 熱を持った自身を感じながら、僕の足の間にある湖鳥の左脚の太ももに、僕は熱を当て付ける。湖鳥の身体がビクッと動いた。
「湖鳥」
 その愛しい名前を口にするだけで、僕の熱は上がっていく。
「感じる?僕の、湖鳥への気持ち」
 これが僕の、湖鳥に対する全てだった。一過性でも勘違いでもない。もはや否定出来ない程の、熱を。
 布越しに当てるだけで、僕はそれだけで果ててしまいそうだった。息が上がり、呼吸を繰り返すと湖鳥の匂いに溺れる。
「湖鳥」
 僕は左脚を動かして、湖鳥の股間にそっと触れさせる。
 思わず、嬉しくて口角が上がる。
「約束、守ってね」

終わり

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