うすうすそうなんじゃないか、と思いつつ気付かない振りをしていた。だって、男が男を好きになるなんて。昨今ではそう珍しくない事と言うか、認知度は上がったものの、いざ自分がその対象になると話は別だった。
 それも、クラス一のイケメンで成績優秀、スポーツ万能というあり得ないスペックを有した、すごい奴が。
 なんのとりえも見当たらない、教室の隅で光合成に勤しむだけのジメジメ空気製造機の俺、なんかを。
 好きだなんて。
 都合良すぎにも程があると思う。
「だから、うん、あり得ないと、思います」
 そこはそれ、今時の若者らしくラインで告白された。画面上に表示された文章が「好きです付き合ってください」だったので、既読が付かないようそのまま放置していたら放課後腕を掴まれ体育館の倉庫に連れ込まれる。
 どうして体育館の倉庫なのかと言うと、風紀委員に属している彼は体育館の施錠係りになっていて、体育館の鍵を所持しているからだ。
 つまりここは、奴の庭。俺は狩られるだけの獲物。
「なにがあり得ない?」
 なにが。と申されましても。まず体育館倉庫の中で壁ドンされて、息がかかるほど近くにお互いの顔がある状況があり得ない。
 さらには、彼に連行される際に掴まれた右手、ここに来てから掴まれた左手、それらを握り潰さんかの如く力を入れてくる。あり得ないくらい強く。
 それから。
「君が俺を好きになるなんて、そんなの、あり得ないし」
 と、いう答えは放課後に呼び出されて「ラインの件だけど……」と切り出された瞬間即座に伝えた事だけれど、あえてもう一度言った。
「それに、俺が君を好きになるなんてあり得ない」
「どうして?」
 ミシッ、と掴まれた腕の、骨が軋む音がした。血の巡りはとっくに悪くなっていて、指先がジンと痺れてさえいた。このまま俺の手は今後使えなくなるのでは、という危機感があった。
「……男に勃起なんて、出来ないし」
 要は、性的に対象外でしかない。と、それだけの話なのだ。
 どう考えたって、なにが起きたって、彼に興奮する気がしない。土台不毛な関係でしかないのに、さらには性的興奮すら伴わないというのだ。
 つまりは、彼は早々に俺を諦め、引く手数多の女子で手を打つべきだ、ということ。
「それはつまり、勃起出来たら付き合ってくれるっていうこと?」
 頭がいいはずの彼は、極めて論理的に破綻した結論を出した。
「いや、それは……」
 違う、と否定しようとした瞬間には、唇が触れそうなほどに顔を寄せ、噛み付かれそうになりながら、彼の言葉を飲み込むしかなかった。
「直接湖鳥(コトリ)の肌には触らないから、それでも勃起したら、付き合ってね」
 約束だよ、湖鳥。
 そう言われて、答える間も無く。彼は自身のズボンのチャックを下ろし、既に緩く勃ち上がったそれを取り出した。
 なんでもう、そんなに。しかも、完全な状態ではないのに大きくて。同じ男として震えそうなほど、立派なそれ。
 彼はそれを、俺の太ももにぴたりと押し付ける。布越しなのに、熱く灼けた鉄を押し付けられたかのような熱を感じた。
「はっ……あ……」
 彼は俺の頭の横に腕をつき、俺を壁との間に閉じ込めた。耳元で吐息と共に吐き出す甘い声。ゾクッと、背筋が震える。
「ん……」
 低い声が喘ぐと、耳から脳髄を震わすようだった。身体中響いて、彼の熱がうつされている。
「あ、あ……」
 少し掠れて切ない声。
 太ももにこすりつけられる、堅いそれが、熱いそれが。
「くっ……」
「ん……」
 弾けて、飛沫がズボンとワイシャツを汚した。その衝撃に身体が震える。
 彼の声にあてられ、俺まで息が荒くなる。
「湖鳥」
 彼の舌が、そっと首筋を這う。
「勃起、してる」



終わり

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