今日もおせっせの後、だらだらタバコを吸いながら余韻に浸っていた。これ吸ったらシャワー浴びよう。そう思いながらぼんやりしていた。
「おれ、お前の事一生愛せる、自信ない」
「……はあ」
 いったい唐突になんの事なのか、右から左に聞き流してしまったので俺の返事はなんとも間抜けだった。
 なに。なにが、なんだって。
「別れよ」
 サクッと告げられた言葉に、それでも意外とタバコを取り落とす事もなく、俺は俺自信が驚くほどに冷静だった。
「……いやいや、なんでそうなんの」
 冗談きつい。付き合って何年目だよ、親友として10年、恋人になって5年。今更お前以外との交友関係も深くないのに。冗談きつい。大事な事だから二回でも三回でも思う。
 すると四谷(ヨツヤ)は、俺をじっと見た。俺も見つめ返す。なにかを言おうか言うまいか、迷っている顔だ。
「言えよ、別に怒んねーから。……あ、いや、浮気とかなら、」
 凹む。そう言おうとすると、被せ気味に四谷が言う。
「浮気とかじゃない、けど」
「けど、なんだよ」
 一々言い淀む四谷を見ていると、もう修復不可能なくらいにまでなっているのかと不安になった。
 そんな素振りなかったじゃないか。それとも、そう思っていたのは俺だけだったのか。前から、四谷はこの関係を終わりたかったのか。
「李島(リシマ)は、おれのこと好きだろ」
 至って真顔で言う四谷に、俺は目をぱちくりさせた。なに言ってんだこいつは。好きだからこうして、身体重ねてるんじゃないのか。
「……なに、四谷は俺のこと、好きじゃないの」
「好きだ、けど」
 けど。けど、なんだよ。さっきから。言い切れよ、はっきりしろよ。そう言えば、付き合い始めた時もそうだっけ。俺が告って、いいけど……、って。そんなんだっけ。
 なんだよ、俺との関係ってそんなに不本意なのか。それは、流石に傷付く。
 二人で、結構いい感じだったじゃん。
「けど、なんだよ」
 いつまで経っても言いそうにないから、促すと悩みながら続きを言った。本当はあんまり聞きたくなかった。
「好きだけど、李島がおれに向ける愛情ほど、おれは李島に返せないっていうか……」
「……そんな事俺は考えたことないし、見返り欲しくて四谷の事好きになったわけでもないし」
 でも、たしかに好きとかそう言う言葉は俺の方が圧倒的に口にしているかもしれない。キスしたり、手を握ったり、そんな優しいものが欲しくてたまらなくなったりして、そう言う時に好きでたまらないと感じたりする。
 ただ、それだけだ。
「だって、申し訳ないじゃん。こんな好いてくれてんのに、おればっかりもらってる。そんなの、李島のためにならない、だろ……」
 馬鹿な四谷は四谷なりに、色々考えて考えて考えた結果、よくわからない方にいってしまったらしい。
 俺のためってなんだよ。よくわかんないけど、つまり俺の愛が重すぎるのか?一緒に暮らして一発かまして、好きなんだなと実感するただそんな毎日がいけないと言うのか。
「……じゃあ、一旦距離置いてみるか?俺は死んでも嫌だけど……」
「李島が幸せになるためには、その方が」
「俺のためとか言うなよ」
 あんまりの物言いに、俺は声を荒げた。さっきから聞いていれば、俺のため俺のためと。俺のためを思うんなら別れるとか言うな。
「本当に、浮気とか、俺に飽きたとかそういんじゃないんだよな?」
「ずっと側にいたのは李島だけだよ。だから浮気なんてもってのほかだし、飽きるとか、そんなの、おれには李島しかいないんだし」
「じゃあなんで別れるとか……ああ、いい、いい。みなまで言うな」
 四谷が再び言おうとするのを手で制して、俺はひっそりため息をついた。
 これは賭けだ。こんな賭けしたくもないけれど。
「わかった。じゃあ、俺はしばらく出て行く。それで、四谷が少しでも俺の事……なんか思ったら、すぐ戻る。なんもなかったら、俺は、嫌だけど……別れる」
 言いながら自信が無くなっていった。思ってみれば、この関係はずっと惰性で続いてきたのではないか。冷静になって考えたら、こんな関係すぐに断ち切られてしまうのでは。
 それこそ俺たちのためにならない。
 ためになるとかならないとか、そんな事、どうでもいいのに。俺はただ四谷の側にいたくて、四谷はただ俺のそばに居てくれたらいいのに。
 それじゃあ、ダメなのか。
「うん、そうしよう」
 あっさり受け入れる四谷。俺は怖いよ。今にも泣いてすがり付きたいくらいなのに。
 シャワーは浴びれず仕舞いで、俺は服を着て靴を履いた。見送りに立つ四谷が名残惜しい。
「キスさせて」
 手を伸ばすと、頷いてキスしてくれる。しょっぱいキスの理由は、俺の流した涙だった。
 好きでいられる自信がどうとか、お前は言うけれど。俺だって明日も四谷の側にいられる自信なんてない。現に、俺たちは今から離れ離れじゃないか。
 こんなに好きだったなんて、嫌だなあ。期せずして訪れた別れ。なにも備えてなんかいなかった。こんな事になるなら、もっと、もっと……もっと好きで、一生懸命になりたかった。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
 四谷が俺に言った。俺は四谷に返した。
 なあ、寂しくないか?名残惜しくはないか?俺は、嫌だよ。

 ばたん、かちゃん。
 部屋を出て間も置かず、扉の鍵が閉まる音がした。少しでも期待した俺は、心が折れそうになる。
 出て行くっていったけど、行く場所なんてないんだ。俺は扉を背に、ずるずるとしゃがみこむ。膝を抱えて、色々ぐるぐる考えながら眠りに落ちた。

 ど、ん。
「んっお」
 背中が押されて見事な前転を繰り出した。階段があったら酷い事になっていたかもしれない。ゾッとしながら目が冴える。
 気がつくと朝になっていたらしい。変なところで寝ていたから身体が痛いし、喉も痛い。
「ごめん」
 扉の隙間から顔を覗かせた四谷が言った。それは何に対してのごめんなんだろう。
「いると、思わなくて」
 そう言って出てきた四谷はしっかり仕事に行く格好をしていた。寝不足とか、そういう様子もない。俺がいないベッドは、広くはなかったのか。
 些細な一つ一つに胸が締め付けられる。寝る時も、朝起きた時も、俺はいなかっただろう。
 俺は、いなくてもよかったのか?お前の人生の中に、いらなかったのか?
 抑えてきた不安が一気に募る。胸が痛くてそこを抑えた。顔なんか見れなくて俯いた。床にはぽたぽた雫が落ちる。
 俺は一晩でも、一瞬でも離れてしまった事が。別れるかもしれない現状が。怖くてたまらないし、寂しくて辛い。こんなに好きになってしまったと気づかされたのは俺だ。
 でも、こんなに好きになっては、いけないのか。
「わ、李島?大丈夫?」
「っぶなわけ、あるかばか」
 手を伸ばしてきた四谷の手を叩こうかとも思ったが、気が付いたら握り締めていた。離したくない。離れたくない。手を握りながら泣く俺は、なんてみっともない。
「お、前がなんと言おうと……俺はお前が好きだし、別れたくなんかない……」
 泣きながら絶え絶え言葉を吐いた。四谷の肩に頭を置いたから、四谷のスーツはみるみる濡れて行く。
「うん、悪かったよ、李島」
 四谷の手が俺の頭を撫でた。
「な、なにも……」
「ん?」
「何も、思わなかった?俺がいなくて、も、なんとも、ないの?」
 子供みたい。そう思っていると、四谷も子供みたい、と小さく呟いて笑った。四谷の手が俺の背中を撫でる。それはすごく落ち着く。
「思ったよ。寂しくなった。だって、どこにもいないんだ。おれ、馬鹿だよね」
「っそだよ、馬鹿やろう、ばか、ばか」
 俺は四谷の背中に腕を回してぎゅっと抱き着く。いいんだよな?好きで、離れたくないって、そう思って。
「多分、李島と別れたら、おれは一生寂しくなると思う」
「あたりまえだ、ばか」
 俺はホッとして、四谷を満喫するために頭をごりごりと押し付けた。もう、一生離れないって決めたんだ。四谷がなんと言おうと。


終わり

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