仕事中は基本一人だったが、配達中に他の配達員とすれ違うこともあった。そんな時は軽く手を挙げるなり、会釈するなりして挨拶を交わす。ほとんど事務的な作業。
そんな中で、同い年の後輩、椎布はちょっと違っていた。
対向車線を走る車を見つけると馬鹿みたいな笑顔になり、大げさなまでに手を振る。聞こえないのに、口の動きでオレを呼んでいることがわかる。
そんな様を見るから、オレはつい笑って、聞こえもしないのに、ばーか、と口にしてしまった。
「かわと、さっきおれのことばかって言ってたろ」
いつものように屋上で休憩していると、弁当を持った椎布がやってきて言った。
「わかったんだ?」
「わかるよ」
拗ねたように言って、弁当を食べているうちに笑顔になっているから単純な奴だと思った。
「お前って、いつもああなのか」
オレが聞くと、よくわかってないらしい。頭を傾げる。頬に米粒でも付けたら、間抜けっぷりがよく似合いそうだ。
「すれ違う時、いつもあんななら、いつか事故りそう」
「え?あー、違う……」
椎布は頭をかいて、照れたように笑った。
「かわと見つけると、なんかテンション上がって、つい」
さも嬉しいといわんばかりだから、オレは椎布の鼻を摘んでお仕置きしてやる。
「いてーっ、なにすんの」
真っ赤になった鼻を抑えて涙目の椎布。素直で単純で、いつだって真っ直ぐ。いつだって。
「あんまり可愛いこと言うから、お仕置き」
耳元に囁いて、オレはその場を後にする。去り際に頭を撫でてやれば、オレの触ったところを自分の手で触れる。
そんなところだって余さず見ていることを、お前は知らないし、知らなくていいんだ。
そうして午後にまたすれ違えば、相変わらず馬鹿みたいな笑顔を向けてくる。
だからオレもやっぱり、笑みが込み上げて、口にしてしまうんだ。
ばーか、そんな嬉しそうな顔、見てるこっちまで嬉しくなる、なんて。
終わり
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