兄貴は喋らない。

 最後に兄貴の声を聞いたのは俺が5歳の頃、父親が死んで間も無く。

 それでも兄一人、弟一人で精一杯生き抜いてきた。

 辛くて苦しい時も、兄は俺の手を引いてくれた。
 
 あれから15年、兄貴は俺に馬乗りになり、首を絞めて、呪いのように低く悲しい声で言う。

「親父を殺したのはおれだ」

 当時5歳の俺と、10歳だった兄貴と父親だけの生活。

 父親からは毎日殴る蹴るの暴力を受けていて、俺たちはそれを当然の事のように受け入れるしかない生活をしていた。

 酒を飲んで喚き散らす父親が、「お前らが悪いんだ」と何度も何度も言うから、俺たちが悪いんだと、これは生まれて来てしまった罰なのだと。

 ある日親父は突然いなくなった。

 兄貴に聞くと、いなくなったよと、それしか言わない。

 それから兄貴はなにも言わなくなった。

 つまるところこの15年、背負ってきたものの重みに耐えきれなくなった兄貴のタガが外れたのだろう。

 俯いて顔も見えない兄貴の、俺の首を絞める優しい手に、そっと触れる。

「奇遇だね」

 上手く声が出なかったけれど、かろうじて兄貴には届いたようだ。

「俺も、母さん殺したんだ」



 俺を産んですぐ、母親が死んだ。

 それから家族三人暮らし、そして今では二人きり。

 兄弟二人きりなんだ。

 俺たち、よくにてるでしょう。


終わり

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