「あっ……ぐっ……うっううぐっひっぐああああ」
 段階を経て大きくなっていく呻き声。さぞや激痛なのだろう。頭を壁に打ち付けても、それからは逃れられない。
 手の中で縮こまる性器に深々と突き刺さる銀の棒。それ専用の物だが、ローションもなければ拡張経験もない彼には苦痛でしかない。開口器からダラダラとよだれを垂らし、殆んど白目を剥く様は圧巻だった。
 そんな姿を見ては、彼を責める手を止める事なんて出来ようがない。
「あっ……あっが、はあ、はあっあああ」
 痛みを堪えようと腹部に力を入れて、それでも激痛に耐え兼ねて押し出される悲鳴には、興奮せずにはいられない。
 可哀想な彼をもっと責め続けて、もっと鳴いて欲しいと、そう思うのは性である。
 完全会員制の高級クラブ、その奥にまことしやかに存在が囁かれるこのSMクラブ。常軌を逸したこの店においては、M側の精神もS側の精神もイカれていると言わざるを得ない。
 ただ暴力と破壊を目的とした客が、傷付き息絶えそうな店員をさらに打ちのめす。そんな、まるで生産性のない、ひたすらに理不尽が支配する世界。
 ここに足を踏み入れたのは数年前、上司の紹介によってだった。最初はなんの冗談かと思った。上司は言った。
「君には素質があるよ」
 そうして、今ではすっかり常連の身となった。
 今愛でているのは、三人目の店員だった。
「35(サンゴ)、痛いか?」
 竿を支えて銀棒で開くように回す。当然の質問に、おごおごと呻き声を上げて頭を振った。
「そうか、それはよかった」
 竿を強く握り、棒を無理やり左右に動かす。赤く充血した入り口が不自然に引っ張られ、35は一際高く長い悲鳴を上げた。
 最初こそ、苦痛の悲鳴に罪悪感を覚えたが、今ではほんのBGMでしかない。むしろ、どうすれば悲鳴を上げさせられるのか、そう思う事すらある。やり過ぎれば気絶してしまうから、神経を削るように痛めつけ、意識を飛ばす寸前まで追い詰めるよう気を付けた。
 終わらない苦痛に絶望する目が好きだと、自覚した時にはさすがにまずいと思った。けれどその思いはエスカレートする一方だった。
「ひっ……ひっ……ぐっう、っ……」
 突然、いや、当然のことか。35は白目を剥き、泡をはいてひきつけを起こした。ショーステージとなっている籠の外で見ていた店長が籠に入り、二人の間に割って入る。
「すみませんねえ。水でもかけたら治るかな」
 どこか呑気に店長はそう言うと、35の頭に桶いっぱいの水を被せ、軽く頬を叩く。死なせなければ壊したところで、咎めることもしない。客が客なら、店長も大概だと思う。
「げほっげほっふ、あ、ああ、っあ、」
 ひきつけは治まったものの、過呼吸気味になっている。またいつ発作が起きてもおかしくはない。
「どうしようか、35。まだ、出来ると思うんだけどね」
 店長は35の頬を撫でて聞いた。35は首を振り、ますます過呼吸が酷くなる。この状態でも続ける選択肢を出す店長の、その商売魂とでもいうのか、商魂たくましい。
「過呼吸で死にはしないしね?ブジーでペニスが突き破られることもないし。常連さん優しいから、苦しくても傷付けはしないでしょ?だから、出来るよね?」
 鬼とか、悪魔とか。
 それは本当に存在するのだと思った。派手なエフェクトもなく、静かに、揺蕩う水面のように、優しい笑顔で、優しい手つきで、言う店長の様といったら。自分に向けられたわけでもないのに、背筋がゾッと凍るようだった。
 35は頷きも、首を横に振ることも出来ない。そうして店長はこちらを見て、続きをどうぞと言うのだ。
 さっきまでの、加虐の限りを尽くした自分とは違う。ゾクゾクとした興奮はまるで、店長から責められているかのように錯覚した。
 喉が鳴る。興奮を抑えられそうにない。
 また、35の悲鳴が上がる。それでもまだ足りない。本物の鬼を目の当たりにした今、幼稚な責めしか出来ない自分が腹立たしい。

「またどうぞ」
 形だけの煙管を手にした店長の微笑みが、今では妖艶に見える。興奮冷めやらぬまま、店を後にした。


終わり

※ひきつけなどの部分は実際とは異なる表現の可能性があります。


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