「18(イチハ)はもう潮時だね」
独り言なのか、或いは私に話しかけたのか、店長は煙管をふかしながら言った。
「そうなんですか」
一応答えてみると、うんうんと頷く。
「そろそろ常連に売ってあげようかとね。18はここには随分長くいたから。常連と一緒になれば幸せになれるかもしれないよ」
店長は口元に笑みを浮かべた。まるで、幸せなどの存在を信じない素振りで。
「まあ、あの常連、最近は借金して来てるらしいから。常連に買われたところで、借金のカタに臓器売買とか、或いは◯ヤさんの慰み者になるかもしれないね」
幸せとはなんだったのか、可哀想にと呟いた。その言葉はえらく心がこもっている。
「おっとそろそろ時間か。行こう」
店長は煙管を置いて立ち上がった。彼は煙管の使い方を、実のところよく知らないらしい。
私は彼の後を付いて行く。暗い、牢に。
ここは秘密クラブだった。完全会員制の高級クラブの、地下奥深くに特別な会員のみ訪れることの許された部屋がある。そこでは、全てが赦された。
スポットライトの当てられた鳥籠のようなショーステージの中心に、私は青年を縄で縛り飾り立てた。
「君の縄はやはり、芸術的だと思う」
外から見ていた店長が言った。
青年を亀甲縛りにさせた上で、天井から伸びる短い鎖に腕を上げて拘束する。身体を縛る縄によって、太ももとふくらはぎを纏めて拘束された脚を左右に開脚し、尻を突き出し胸を反らせるように体勢を固定している。ぱっと見、和式便器で排泄しているように見えなくもない。
仕上げに店長が彼の性器をリボンで包み、緩く結わえる。
「22(ニフ)、これは飾り帯だから壊死してしまうことはないよ」
ここでは名前代わりの数字を愛称にして呼ばれる。店長が22の、リボンからあえて解放されている亀頭を指で擦り付ける。22の身体には刺激に敏感になるよう薬が服用してあった。亀頭など、普段から敏感な場所を強く擦られては、それは痛みに変わるほどだった。
22が顔を顰めたのを見て薬の効きを確認してから、ショーステージを降りる。後は客の、なすがままだった。
「ううっ……ああっ……ひっう、あああっ」
22の苦痛に上げた声が響く。それに煽られて、客の加虐心はエスカレートしていく。今日の道具は蝋燭だった。決してSM用の、温度の低い見た目が派手なだけのソレは使われない。普通の蝋燭をいっそ肌を焼くような距離から垂れ落とす。
SMの様にM側の興奮を引き出す行為でもなければ、SM素人の間違いによる事故のソレとも違う。ただひたすらに、22の肌を焼くための、痛めつけるのが目的の行為。
薬の効果もあいまって、尖った神経が絶えず落とされる蝋の熱でグズグズに溶けてゆくまで、脳髄を痛みで責め続ける。
性器は萎えていたが、飾り帯のおかげで尚も上を向き、客が蝋を垂らしやすくしてある。蝋で塞がれた穴の隙間からちょろちょろと零した粗相から、その灼熱の痛みが窺い知れる。
客はそれを見てあざ笑うと、胸を汚していた蝋を無理やり剥がした。肌を守るためのローションを塗っているわけもない。そうして傷付いた肌に、もう一度熱を落とす。
それを逃れようともがいたところで、私の施した緊縛は上手に機能していた。22は胸を反らしたまま、嫌がったところでその小さな突起を焼いてくれと差し出すようにしか見えない。
泣いて許しを請いたところで、赦されるのは客の苛虐だけだった。
「またよろしく頼むよ」
店長が22の手を引き、牢に戻す道すがら言った。
「ええ、いつでも」
疲れ果てた22の身体には蝋の火傷痕が醜く残っていた。酷いところは水ぶくれとなって、性器への責めもあってか、22の歩き方はぎこちない。
それでも店長に手を引かれれば、22はまたショーステージに赴くのだろう。それが誰の意思かはわからない。
「また、縛らせてください」
私が言うと、店長は一瞬身体を強張らせた。けれども、そんな素振りを見せずに店長はこの子らを頼むよと言った。
「君の縄さばきは、信頼しているからね」
彼がまだ牢にいた頃の。
心は今でも、縛られているのだろうか。
終わり
戻る
戻る