身体を鞭打たれる。焼けるような痛みに息を詰まらせ、ただひたすらに身を縮こまらせて耐える。罵声を浴びせられながら、なぜこんな思いを、という虚しさに襲われないよう、終わりを待った。
 そういう店だった。SMクラブではない。ただ苦痛を与えたい人間が、金もないボロ雑巾のような店員をひたすらに痛めつけるだけの、倫理観のかけらもない店。
 もちろん合法ではない。完全会員制の高級クラブの地下奥に、特別な客のみが招待される秘密の牢獄だった。
 そこに閉じ込められたのは金のない年端もゆかない子供から、借金のカタに売られた中年までが揃えられていた。
 痛めつける方法は様々で、一番手軽で人気なのが鞭打ちと蝋燭だった。専属の緊縛師によって逆さ吊りにして水責めにしたり、専属医師の管理の下薬物により自由を奪ったり。
 ここに入れられたものに人としての最低限の扱いも保証されることはない。
 痛みに耐え、痛みを快楽に履き違え、痛みを幸福に見紛うまで、ただひたすらに責め苦に溺れるのだ。
 運が良ければ見初められた客に買われる事もあるが、果たしてそれを運が良いと言っていいのか、いなくなった彼らのその後を知らないから何とも言えない。
 ただとにかく、ルールに則りプレイを愉しむような、そんなものではなかった。

「18(イチハ)、指名だ」
 牢の外の店長が、名前代わりに付けた数字の愛称を呼んだ。そんな名前ではなかったと思うけれど、もうかつて何という名だったのか、覚えてはいない。
 行きたくはない。痛みに慣れることのないよう、薬を使って感覚を鋭くさせられた。何度打たれても慣れない。何度痛めつけられても耐えられない。いくつ夜を明かしても癒えない。
 また痛い思いをするのかと思うと、ただただ憂鬱だった。
 それでも身を起こして、手を引かれるまま牢の外へ行く。自ら痛みを受けに行くのだから、なにか破綻していると思う。
 店長の趣味なのか、紙の前掛けと褌、それから目隠しをされ、薄暗い部屋の中央に天井から吊るされた鎖で腕を上げて拘束される。それからスポットライトのように、一段明るい光に照らされる。
 猿轡を咬まされるのは、万一痛みに耐え切れず舌を噛まないようにだった。けれどこの猿轡には媚薬と利尿剤が入っていて、後々それが更なる苦痛をもたらしてくれる。
「18、会いたかったよ……昨日の痕がまだ残っているね。もう一度、同じところに深く痕を付けてあげよう」
 常連の客が背中を撫でながら言った。薬の効果で触れられたところがゾワゾワと虫が蠢くようで気持ちが悪い。
 一本鞭が、背中の痕をなぞる。ヒュッ、空気を切り、肉を裂かれるような痛みに身体が仰け反る。
 喉からくぐもった声が漏れる。それを愉しむように、客は喉を撫でた。
 ヒュッーー
 客は気の向くまま、気の済むまで、息を切らして鞭を打つ。何度も、何度も。肉が裂け、血が吹き出したところでここでは赦されるのだ。
 肉が裂け、泣いて喚いたところで終わりは来ない。媚薬の効果で身体は熱い。利尿剤の効果で尿意が迫る。熱い、痛い、苦しい。耐え切れず、腰がガクガクと震え、萎えた性器から尿を垂れ流す。そんな様を見て客は愉悦に浸る。
 鞭が足を打った。震える膝はガクンと折れ、身体を支えきれずに落ちる。天井から吊るされた腕が引きちぎられるように痛む。痛い、痛い。そればかりしかない。

 隣の牢にいた人のことを思い出す。いつしかいなくなっていた。客に買われたのか、痛みが麻痺し使い物にならないから捨てられたのか、彼のことを思い出す。
 痛いのは嫌だった。けれど、この痛みのみが、自分を生かしてくれる。
 気が狂いそうな痛みの中で彼のことを思い出す。彼らのことを思い出す。
 いなくなった彼らのように、いなくなりたくない。

「お疲れさん、18」
 店長が背中の裂けた肉をなぞった。固まった血を剥がし、そこからまた血が出る。
「しばらくは仰向けでしか寝れないな」
 店長が呑気に言った。傷口は熱く、ジンジンと痛む。そこに消毒液をぶっ掛けられ、独特の痛みに身体を強張らせて耐える。
「戻ろうか、18」
 店長が手を引く。
 牢に戻るまでのこの時間が一番苦手だった。じりじりと痛むのは背中ばかりではない。胸が苦しい。
 この手の触れるところが、一番熱くて痛い。


終わり


戻る

戻る