最後のキス
背徳
乗り物の中
目隠し
雨降り
指輪

 パツパツと窓を穿つ雨降りの音。アイマスクの目隠しをした君は腕を組み、窓枠に頭を預けて眠る。
 君と僕を運ぶ列車。この乗り物の中、車両には二人きりだった。
 もう間もなくお別れの時間が来てしまう。終点に着けば二人別れてバラバラになる。
「弘臣……」
 眠る君の唇に唇を重ねる。
 最後のキスは背徳の味がした。君の親友はこんなにも、下心で満ちていたと知られないまま終わりにしよう。
 だからこの呟きも世界の終点に小さく響くだけだ。
「愛しているよ」

「それじゃあ俺は行くけれど」
 薄暗い闇夜は厚い雲に覆われている。雨は止んでいたが、月は見えなかった。
「ああ、お別れだな」
 僕はこの地に残り、君は絵の師匠に誘われた海外へと旅立つ。師匠は海外で骨を埋めるつもりで、君もそれに従うのだろう。
 寂しい気持ちはもちろんあったが、君を追いかけてまで僕の気持ちを隠し続ける事はきっと出来はしない。だからここで、お別れなのだ。
「言うことはそれだけか?」
 弘臣の鋭い眼光に貫かれる。ドキッとして息を呑んだ。
 初めて出会った時から、その瞳に僕の心は射抜かれていた。
「……寂しくなるが、君の活躍を応援しているよ」
 口から出た言葉は本心だ。その奥に鍵をして封じ込めた言葉もあるけれど、それはもう言わなくていい言葉だから。
「行人」
 弘臣が僕を呼んで手を差し出す。ああ、と僕も手を差し出す握手しようとした。
 弘臣の手が僕の両手を掴んだから、え、と顔を上げる。眼前に迫っていた弘臣は、静かに僕にキスをした。
「向こうで待っている」
 弘臣はそれだけ言うと、僕の手を離して行ってしまった。飛行機の時刻が迫っていた。
 僕は何が起こっていたのか、彼の乗る飛行機が飛び立ってやっと、手の中に押し付けられた手紙に気付く。
 すっかり夜は更けていたが、いつの間にか空は晴れ、星明かりが照らしていた。
 白い封筒に、よく知る丁寧な字で「行人へ」と書かれている。まるで耳元で名前を呼ばれたような気持ちになる。
 カサ、一つの紙切れに確かな字で書かれていた「愛している」。
 封筒にはまだ重さが残っている。もう一つ紙切れがあって、それは弘臣の後を追うための飛行機のチケット。
 それから指輪が一つ。シンプルなシルバーのそれは僕の薬指にぴたりと収まった。

終わり


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