こんな夜にも満月は美しく見えた。
 それがなんだか悲しくて、あとから後から涙が落ちた。

 駆け落ちしよう、二人で。そう約束して家に帰り、すぐまた出た。机に「しばらく帰らない」の書き置きをしたが、きっとその手紙すらしばらく誰の目にも触れないだろう。
 母親は数年前に事故で死んだ。それ以来父親は飲んだくれのクソ野郎になり、顔を合わせても怒鳴り散らされるばかりでもう数年口をきいていない。
 奨学金と掛け持ちのバイトでやり繰りしながら大学に通う。こんな日々に意味はあるのか。
 張り詰めた糸が切れそうになった時に、翼斗と出会った。
 講義は名前順に振られた席で、よく隣になることが多かった。殆ど会話をする事もなかったが、その何もない空気感が不思議と居心地良かった。翼斗もそう思ってくれていたらしい。なんとなく昼食を共にしてぽつりぽつりと会話を重ねる。
 喋るネタなんて殆どないから大概勉強のことばかりだった。俺たちにはそれで十分だった。
 翼斗は俺と違っていいとこのお坊ちゃんらしい。バイトも部活もした事がない箱入りで、妬み嫉みを向けられる事が多かったようだ。
 互いに、外への興味を無くした俺たちが出会った。そのせいで俺たちは、互いの事でいっぱいになった。
 俺はバイト、翼斗は門限のせいで限られた時間を二人で過ごす。手を繋いでキスをするだけの、とても純粋な愛を育む。

 二人の時間を重ねるほど、それ以外の世界は崩壊していく。
 元々翼斗は家族と折り合いが悪く、特に兄からは険悪な関係だった。最近は兄からの束縛が強まり、今日あった事を根掘り葉掘り聞かれ、交友関係も制限される。
 翼斗の携帯の中身だって監視対象で、下手な連絡も出来なかった。
 俺はと言えばバイト先の先輩から目を付けられて影で殴られたりパワハラを受けていた。上司に話したところでグルだったから、チクったなと後で脅された。
 この世界から居なくなりたい。どこにもいられない。そんな折の、翼斗の言葉だった。

 携帯の時計を見ながら待ち合わせ場所で待つ。荷物は数日分の着替えと金しかない。心許ない旅だったが、一番大切なものさえあれば何処でどんな生活をしようとも耐えられそうだった。
 いっそ二人だけの世界に行きたい。口には出せなかったけれどそう思っていた。

「あ? お前何してんだよ」
「なに、知り合い?」
「バイトの後輩」
 そろそろ待ち合わせの時間に、嫌な声が聞こえた。バイトの先輩だった。一昨日蹴られた鳩尾が痛い気がした。
「なあ、何してんのって聞いてんだよ。聞こえてんだろ?」
「っ……友達と、待ち合わせで」
 急に胸ぐらを掴まれ、座っていた俺は立ち上がらされた。先輩はじろじろと俺を眺めた。
「はっ、こんな時間にそんな荷物持って待ち合わせだ?」
「家出でもすんじゃねーの、お前がいじめるから」
「ははは、間違いねーや」
 感の良い先輩の連れに、手汗がじっとり滲む。バレたって構わなかったけれど、翼斗が来た時にどんな目に遭うか。
 俺がどうなろうがそんな事はいつものことだが、翼斗は違う。早くなんとかしなければ、そう焦ったのが目についたんだろう。
「は? なにお前、駆け落ちでもするつもりか」
「ひゅー、後輩ちゃんやるじゃん」
「許すわけねーだろ」
「なっ、なんで」
 胸ぐらを掴まれたまま、傍の茂みに引きずりこまれる。どうしてここまで執着されるのか俺には到底理解できない。
「可愛い後輩が勝手な真似したらムカつくだろ? 誰が逃すかよ」
 手足を押さえられ、身動きが取れなかった。
「やめろっ、ふざけんん」
 大声を上げると手で口を塞がれた。その上鼻を摘まれ、息ができない。
「んっんんっ」
 頭を振って逃れようともがくとますます手の力は強まった。こいつらが何をしたいのかわからない俺は、足を押さえてる奴にズボンを引き摺り下ろされて血の気が引く。
「んんんっんんん」
 息ができない、身動きが取れない。その上性器を握られて、勃つわけもないのに強い力で扱かれた。
「おれのちんこしゃぶれよ。少しでも歯ァ立ててみろ、お前のちんこ百倍の力で潰すからな」
「はあっ、はあっは、おごっあ、おえっ」
 ようやく酸素を吸えたのに、イチモツを押し込まれて嘔吐く。それでも気にせず押し進んで喉を突かれる。結局息なんて出来ない。
「なー、こいつちんこ勃たないからイかせらんねーじゃん。馴らせねぇよ」
「そのまま打ち込めばいいだろ」
「こんな穴亀頭も入んないって」
 しょうがない、と呟いてからもぞもぞと動いて、穴にぬめるものが触れた。
 ビクッ、と思わず身体が反応する。何をされているのかわからない。ただ、低い声が呻いて、喉と穴に吹き付けられる。
「ごほっおえっごほっ」
「うわ一緒にイった?」
「どんなタイミングだよ」
 喉に流し込まれたものが気管に入りむせる。そんな事も気にしないで、後ろの穴に指を突き立てられた。
「うっくあ、っ痛いっ……」
「指でそんな痛がってたら本番泣いちゃうんじゃない?」
「どうせ痛がるんだから慣らす必要ないだろ」
「だな」
 指が引き抜かれてそれがあてがわれた。はあはあと荒い息が聞こえた。それが自分の、恐怖から出たものだと気付いた。
「はい開通〜〜」
「うっあ、っ熱いっい、」
「うるさ」
 また口が塞がれる。酸欠になって意識が朦朧とした。その方が良かった。
 切り裂けた穴は痛いというより熱かった。それでも容赦なく抜き差しされて、苦しさと痛みに脳が支配される。
 腕を押さえつけられ、足もズボンが絡んで動かせない。逃れられない身体を穿たれて痛いと苦しいとだけを繰り返し思った。

「う……うう、あ……」
 夜中を過ぎてようやく解放される。
 いや、捨てられた。携帯で写真を撮られて、じゃーな、とだけ言われ寒空に放置された。
 最悪だ、なにもかも最悪だ。
 痛くて不快で。でもそれだけだ。
 そこらに散らばったズボンと下着をはいて、シミのついたシャツを拭う。いっそ着替えてしまうか。着替えがちょうどいい。
 打ち捨てられたリュックを手に取り、ああ、と気付く。
 翼斗は現れなかった。
 それは別に悲しくなかった。そういうものか、と落ち込んだが、それだけだった。
 はあ、とため息を吐く。
 携帯にもなんの連絡も無い。
 何にも無いな。
 ふと顔を上げると、満月が眩しいほどに輝いていた。こんな夜にも満月は美しいんだ。
 それがなぜだか悲しくて、あとから後から涙が落ちた。


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