冬の澄んだ空は宝石をばら撒いたような星々の煌めきが一面に広がっていた。
 翼斗(ヨクト)と祈(イノリ)は震えながら手を握り、キスを繰り返す。
 触れている所以外は冷たくて今にも凍えそうだった。けれど、唇を、舌を、指を重ねて絡めて、互いの熱を奪い合う。
 二人が溶けて混じって一つになるのを願うようだった。
「駆け落ちしよう、二人で」
 翼斗が言った。
 キスが終わって高揚が抜けず頬が赤らんでいる。
「うん、しよう」
 祈が答えて笑う。
 二人は手を握って、もう一度キスをした。

 最終列車に乗って、どこまでも遠くへ行こう。二人で、二人きりで。
 そう約束して一旦別れる。家に荷物を取りに帰って、もう一度駅で落ち合うのだ。
 翼斗は自分の部屋で、大事な写真と少しの着替えを鞄に詰めた。
 どこまで行くか、どこまで行けるかはわからない。けれど二人でならどこにでも行けるし、どこにだって行きたかった。
 不安はなく、それよりも目前の自由に興奮していた。
 だから隙が生まれた。
「逃げられると思っているのか」
「ひっ……」
 玄関で紐履を履いていると、突然首根っこを掴まれる。一瞬で冷や汗が噴き出た。
 一番見つかってはいけない人に見つかってしまった。
「一生、逃さないよ」
 優しく耳元で囁くのに、翼斗は恐怖で震え上がる。身体は緊張して指先一つ動かせなかった。
 逃げなくちゃ。行かなくちゃ。駆け落ちするんだ、二人で。
「やめ……あぐっう」
 ガツンと火花が散って衝撃に目の前が揺れる。大きな手が翼斗の頭を掴んで壁に打ち付けたのだ。容赦ない痛みに翼斗は目を回した。
「いけない子だ。わからせなくては……」
 脇の下に手を入れられ、ずるずると引き摺られていく。
 向かう先はわかっていた。兄・龍斗(リュウト)の部屋だ。
 抵抗したいのに身体は動かない。生まれた時から植え付けられた、兄への絶対服従。
 そんな呪いみたいなものから逃れたかったのに。

「うう……ああっ……ぐっう、う、」
 心は拒絶しても身体は受け入れた。
 手をベッドの柵に縛られ、四つ這いになり後ろから穿たれる。
 内臓が押し上げられて苦しい。この世で一番憎い相手だと言うのに、何年もかけて慣らされた身体は心に反して熱を持ち濡れそぼる。
 悔しくて悲しくて、今すぐ舌を噛み切って死んでしまいたかった。
 けれど過るのは祈の事だった。
 死ぬわけにはいかなかった。二人でいくのだと誓ったから。
 ごめん、ごめんね、祈。ごめんね。
 何に対してなのかよくわからなくなりながら、心の中で延々謝り続ける。そうする事でしか、悦ぶ身体のことも、辿り着けない約束の事も贖罪出来なかった。
 ぼたぼたと涙を流しながら、喘ぐ口を閉じられずよだれを溢す。はしたない自分が嫌いだ。
 この世で一番憎い兄よりも、この世で一番殺したいのは自分自身の事だった。
 祈の事を思いながら、高い位置にある窓を見つめる。
 嫌なほど明るい満月に、叱り付けられているようだった。
「ずっとこのまま二人きりだ」
 耳元に囁かれる絶望に耐えきれず嗚咽を上げる。
 無慈悲に注がれたものを愛だなんて、信じたくはない。

続く

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