50


 あたたかいミルクティーを出すと、二歹はふーふーと冷ましながらゆっくり口をつけた。甘さとあたたかさと、泣き続けて疲れたせいで、トロンと眠たげにした。
「ベッドで寝ましょう」
 古佐治はそう言い、ミルクティーのマグを受け取る。半分寝ぼけてふらつき、立ち上がる事も出来ない二歹に、苦笑しながら抱き上げる。
 軽くはないが、重くもない。ベッドに下ろすと、二歹目をつぶりったまま胸ぐらをぎゅっと掴む。
「俺、こさのこと、好きだよ」
「ん?」
 舌ったらずの言葉に聞き返す。寝ぼけているのか、無理に抱き着こうとするから古佐治はベッドの横に膝をついた。
 夜が怖い子供みたいだった。
 二歹は目をつぶったまま古佐治に抱きつき、古佐治はそれを抱き返す事も出来ない。
「お前らが高校生の時、うちに来て遊んでた時、こさが三月のこと好きなの、気付いたんだ。その時から、多分、俺、こさのこと好きなんだ」
「多分て」
 二歹の言葉に、古佐治は苦笑した。
 高校生の時を思い出す。確かにその頃から、既に三月の事が好きだった。そして三月の中心には、やっぱり柿狗がいた。
「だって俺、恋愛とかした事ないし、よくわかんないよ。でも、古佐治が三月のこと好きなのはわかったんだ」
 そんなに分かりやすかったのだろうか、古佐治は少し恥ずかしくなる。その一方で、当の本人である三月は、直接言うまで気付きもしなかった。
 この兄弟は、自身に向けられた好意にはとことん疎いのだろう。そんなところは、確かに似ているのかもしれない。
「それなのに、俺、ドキドキしてた。三月が羨ましかったのだって……多分、古佐治のこと、好きなんだよ」
 すっかり眠気が覚めてしまったのか、鼻息が荒くなって頬も赤みが差していた。
「どうしよう……好きだ……」
 今さらその言葉の意味を悟ったように、口元に手を当てて繰り返す。言葉にすればするほど、その思いは強くなってしまうらしい。
 二歹は耳を真っ赤にして、上がる体温に嬉しそうに笑った。好き、という事を確かめているようだ。
「二歹さん」
 そんな幸せそうな人を、どん底に落としたくはなかった。それでも、古佐治はまだ二歹を、恋愛感情で見られなかった。
「もう少し、待ってて」
「ん?うん」
 馬鹿みたいに頷く二歹。
 そんな二歹にホッとしながら、古佐治は二歹の隣に横になる。
「もう寝ましょう」
 カチンと電気を消しても、二歹の興奮が冷めやらないのが肌でわかった。
「……こさ、好き」
 堪えきれずに言ってしまうような、それが嬉しいとばかりに二歹は繰り返す。あまりにうるさいから、古佐治は二歹の口を手で抑えた。
「待ってて、って言ったでしょ。……俺も二歹さんの事、好きになるまで」
「え、こさも俺のこと好きになってくれるの?」
「……さあ、二歹さんうるさくて眠れないからなあ、好きになれるかなあ」
「あ、黙る黙る!しーっ。……でも、好き」

 三月に未練がないわけじゃない。
 傷の舐め合いのような恋愛に抵抗はまだある。
 ドラマや映画のような大恋愛でもなければ、彼の人等のようにずぶずぶな執着のある関係でもない。
 傷付けてきた罪悪感も拭い去れない。
 勝手に心の中で作ってきたひっかかりにさいなまれて、二歹を好きになってはいけないと、思ってしまう。
 それでも、この人の側に居たら、きっと何もかも受け入れられる気がした。
 いつか受け入れて、好きだと、伝えられる気がした。
 なおも小さく、愛を囁き続ける彼の隣なら。

終わり

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