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「知らない……考えたくない」
 二歹がふいっと顔を逸らしたので、古佐治は二歹の頬を摘まんで顔をあげさせた。餅のように柔らかい頬が伸びるのが少し楽しかった。
「知ってるし、考えてる。そうじゃなきゃ、そこまで苦しまない。そうでしょう、二歹さん」
 二歹は古佐治をチラッと見て、目を逸らし、はあ、とため息を吐いた。
「……好きなら好きって、言って欲しかった。言われたところで受け入れたかはわからないけど……弟に似てるって、じゃあ、俺のことはって……」
 弟にコンプレックスを持つ二歹の頭の中にはそればかりが付いて回る。同居人はただきっかけにしたかっただけかもしれない。それでも考えは拭えない。一度言われた言葉を何度も、何度も自分の中で反芻した。本人に真意を聞くしかない言葉の答えを、探しては憂鬱な結論に至ってしまう。
「古佐治は俺の事嫌いだから痛くしてくれる。嫌いって形でも俺の事見てくれるのかな、って。弟の代わりにしていいよって言ったら、もっと俺に酷い事してくれると思った」
 どんな形でも、二歹に向けられる感情が嬉しいらしい。満足気に呟く様子は少し狂気じみている気もするが。
「二歹さん、弟に似てるって言ったけど、あれ嘘です」
 古佐治の言葉に二歹は目を見開く。
「全然似てない」
「……嘘だ、だって古佐治は俺を弟の変わりに」
「初めてシた時は、確かに弟の事を……三月のことを二歹さんに重ねてた」
 古佐治と交わる二歹の視線、瞳がドクンと揺れる。
「でも、三月の代わりには結局出来なかった。浮き彫りになるのは、三月と二歹さんとの違いばかりだった」
 今思えば、三月のことを考えてしまったのは罪悪感からくるものだったのかもしれない。自分の都合のいい解釈に、古佐治は表情には出さず自嘲した。

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