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「人と関わるのが気持ち悪くて仕方なかったのに、人が恋しくて仕方なかった。誰でもよかったんだ。偶然あの夜古佐治に会った……」
 同居人との生活を飛び出して数日はビジネスホテルに泊まり買い込んだ安い酒を飲んで過ごしていた。素面でいると嫌な事ばかりが頭に浮かんでしまう。酒を飲めば忘れた振りをすることができた。
 酒がないことに気付き外に出ようとすると、着るものはスーツしかなかった。
 ああ、もう、いいや。
 二歹は考えることを放棄して、ただ酒に溺れた。
「古佐治に優しくされなくてよかった。優しくされてたら、俺はまた他に逃げてたと思う」
「それがわからないです。優しくしないで。酷くして。そればっかりねだる。でも痛いのは嫌いでしょう?」
 自分が傷付けておきながら、また随分酷いことをしたなぁ、とどこか他人事のように二歹の右手を見つめた。痛みは引いたのか麻痺したのか、二歹は気にしていないようだった。
「……俺に弟のこと重ねてるくせに、俺に優しくするのが許せなかった。なにごともないみたいな顔すんのがムカついた。昨日まで友達として……一緒に暮らしてたくせに……気持ち悪い、気持ち悪い……」
 二歹が同居人のことをひたすら嫌悪するように言葉を吐いた。
「俺は馬鹿だから、嘘も偽善も見抜けない。一緒に暮らしてたのさえ嘘なんだって、弟の代わりにするためなのかとか思ったらわけわかんなくなった。古佐治は俺のこと嫌いなの、わかったから。変に優しくされるより、よっぽど、落ち着いた」
 自分を嫌っているのが嬉しいと、笑顔で言う二歹が悲しい。
「二歹さんはたしかに馬鹿だけど」
 自分で言ったことなのに古佐治に肯定されると、むっとする二歹。その顔の方がよっぽどらしいと思った。
 子供くさくて、人懐こい、二歹らしい。
「嘘も偽善も見抜けないわけじゃないでしょう」
 きっと、嘘と偽善だけの関係だったら、二歹はもっと早くから同居人との生活をやめていた筈だ。子供の方が、そういう感覚に優れている場合もある。

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