43


「右手痛いでしょう、湿布くらいしておきましょう」
 布団に投げ出された、色の変わった右手。古佐治が言うとベッドの下に右手を隠したが、痛みに顔を顰めた。
「さっき下戸に……弟さんに会ってきましたよ。実家帰ってないんですってね」
 顔を布団にうつ伏せてしまったから、表情を読むことは出来ない。
「二歹さんの言う通り、俺は三月のことが好きですよ。三月のこと、あなたに重ねて見てた。でも二歹さん」
 聞いてるのか聞いていないのか、聞きたくないだろう、でもきっと一つ残さずちゃんと聞いているはず。
「あなたも俺に、誰か重ねてる。そうなんでしょう」
 ぴくっ、と肩が動く。
「重ねてない」
 嘘だと言うことを隠す気なんて毛頭ない嘘をつく二歹の小さな声。ベッドの上に乗せたままの左手に力が入り、硬く拳を握っている。
「違う、重ねてない!古佐治がいい……古佐治、」
 顔を上げた二歹は古佐治の胸ぐらを掴み、肩に額をつけて縋り付いた。
「二歹さん、俺はもうあなたに三月を重ねて見ない。ちゃんと二歹さんに向き合う」
 とても小さく見える、10も離れた二歹。古佐治と三月が高校生の時に二歹は既に社会人だったが、子供みたいに感情を顔に出し、人懐っこい仕草が、とても自分より大人とは思えなかった。
 今だって支離滅裂に泣きじゃくり、喚き散らす様は赤ん坊のよう。
 古佐治は二歹の気持ちが、思考がわからなかった。けれど、本当は泣きじゃくる子供のように、紐を解いたらきっとシンプルな気持ちなんじゃないだろうかと思った。
「だから二歹さんも、ちゃんと、二歹さんの心と向き合ってください」
 二歹の背中に手を回し、抱き締める。
 嗚咽をこぼして泣き出す。二歹はそのうち大きく声を上げながら、がむしゃらに泣いた。
 ずっと泣きたかったんだろう。涙はしばらく止まらなかった。

- 43 -


[*前] | [次#]
ページ:






戻る