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 喫茶店の奥の席で向かい合って茶をすする。なんだかんだ言ってこうして話をするのだから、親友とかいう類には一番近いのだと思う。
「今度柿狗くんとどこか旅行しようかなー、って思ってて」
 話を切りだしたのは三月だった。
「引きこもりが外出できるのか?」
「最近、夜にお散歩したり、少しずつだけど外に出られるようになったんだ。時間とか場所選んで、ゆっくりした予定で余裕持ってなら行けるかな、って」
 きっと既に旅行パンフレットなどを見て、あれこれプランを立てているのだろう。そんな時間すら楽しいと、三月の表情から喜びが溢れ出ていた。
 そんな姿を見て古佐治も微笑んでいる自分に気付く。いつからこうなっていたのだろう。灼けつくようなあの心臓の痛みはいつしか和らいで。
「古佐治は」
「え?」
「今休み中でしょ。どこか行かないの?」
「あー、まあ、どこも行かないな」
 頭にチラつく二歹の姿。例え二歹がいなかったとしてもどこかに出かける予定もなかったのだけれど、逆に言えば二歹が来たことで三月に会えた結果になっている。
 そもそもあの人がなぜこちらに帰ってきたのに、実家には行かないのか。なにもわからないままだ。
「なー、例えばさ、柿狗がなにも言わないけど苦しんでたらどうする?」
 急な話の転換に、三月は一瞬首を傾げたが、すぐに真剣な顔をした。
「柿狗くんて、何も言わないけどいつもなにか悩んでるんだよね。僕はそれをわかろうと必死だけど、やっぱり話してもらわないとわからないんだ」
 三月は紅茶の入ったカップを優しく手で包みながら話した。まるで、そこに柿狗がいることを想像しているような手つきだ。
「本当に泣きたい時も我慢してたりするしね。だから僕は、柿狗くんのことをぎゅっと抱きしめるんだ。言葉とかじゃ伝わらない僕の気持ちも、肌が触れ合えば少しは伝わりそうでしょう?」
 恥ずかしげもなく言ってのける三月に、古佐治は苦笑した。
「じゃあ、別に好きでもない奴だった場合は?」
 古佐治の質問に三月は首を傾げた。
「そんな人が苦しんでるかどうかなんて、きっと気付けないよ。好きだから、気になるんじゃないの?」
 言葉に詰まった古佐治に、三月が微笑む。
「なに古佐治、好きな人できたの?」
「だから、俺が好きなのはーー……」
 三月に二歹の姿を重ねて見ていた。
 本人がいないところでばかり、その人の事を考えてしまう。きっと天邪鬼な自分の、気まぐれな間違い。
「好きなのは?」
「……下戸が好きだよ」
 それはどちらの?頭の中にそんな声が響いた。

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